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日本動物学会第83会大会関連集会 : 日本に生息する原生動物
岩石段丘における原生生物の多様性

解説-01:
タイトル,岩石段丘における原生生物の多様性
Protist diversity on rock terrace

日本動物学会第83会大会関連集会 : 日本に生息する原生動物,
大阪大学 豊中キャンパス,2012.9.13(木)-15(土)

解説-02:
原生生物情報サーバの紹介
http://protist.i.hosei.ac.jp/index-J.html
解説-03:
原生生物多様性ランキング
これまでに500ヶ所以上(多くは複数回訪れている)で採集を行った。 観察できた原生生物の種数の多い順にランキングを行っている。
解説-04:
原生生物叢は変動が激しいので,多様性を知るには繰り返して調べる必要がある
解説-05:
その一例,枯木沼湿原 (栃木県日光市,標高 1385 m)。
これまでに424種が観察できている。 16回採集を行って,ようやく新規に観察された種がほぼ無くなった。
解説-06:
観音沼湿原 (福島県下郷町,標高 890 m),観察できた原生生物は387 種。 これまでに10回採集を行っているが,やっと最近,(観察された)種数の増加が収まりつつある。
解説-07:
大峰沼 (群馬県みなかみ町,標高 1000 m),観察できた原生生物は339 種。 採集回数 11回。
以後も訪問を続け,2016年で16回となり,観察種数は 403種となった。 2017年も訪れたが,まだ処理が終っていない(2017.12.6現在)。
解説-08:
原生生物多様性ランキング の上位は高地にある湿原(泥炭湿原)が占める
もっとも観察できた原生生物の種数が多い場所は, 上記の「枯木沼湿原」(この表では416種となっているが,上記の表を作成した際は424種に増えた,注)である(2012年当時)。

注:2015.07.12 には 448種となっている。 なお,この後,岩石段丘である長瀞 岩畳(467種)が第1位に上昇した。 さらに第5,6位にも,同じ岩石段丘である 厳美渓(一関市),飛水峡 甌穴群散策路(七宗町)が上昇したが,依然として, 他はすべて高地にある泥炭湿原となっている(2017.12.3追記)。

解説-09:
湿原は原生生物の宝庫(1)

2012年時点で,600ヶ所近い採集地点のうち,観察された原生生物が多い順に,上位90ヶ所を並べてみた。 濃い緑色は,標高1000m以上に位置する湿原・湿地を地点を示す。薄い緑色は標高 1000〜500mの湿原,湿地。 黄緑色は,標高 500m以下の湿原・湿地を示す。
このように,表の大部分は緑色となる。とくに上位30位は大半が濃い緑色で,他のほとんどが湿原・湿地となっている。

解説-10:
湿原は原生生物の宝庫(2)

反対に最後尾の90ヶ所は,大半が湿原・湿地以外の水辺となっている。 中にはまったく原生生物が観察できなかった場所もある。

解説-11,
湿原に原生生物が多いのは何故か?について考えてみた。

湿原の池塘が形成されるまでには長い年月がかかる(数千年,場所によっては数万年)。 長年月,安定した水環境が維持されてきたことで,少しずつ原生生物が定着し,種数が増加したと考えられる。

ところが,昨年(2011年)意外な場所に原生生物がたくさんいることを発見した。

解説-12:
厳美渓 (一関市,磐井川,天工橋周辺),標高約60 m

それまでは栗駒山にある須川高原 ( 名残ヶ原イワカガミ群生地栗駒山荘南の湿原大仁郷湿原野鳥の森湿原, 他) へ行く途中,バスの車窓から眺めるだけだったが, 2011年に,たまたま訪れたところ,岩盤上のわずかな水たまりにたくさんの原生生物がいた。 これ以後,同様な岩石段丘を探して訪れるようになった。
2012年の時点では,採集回数4回で,213種が観察された。
これ以後,5回採集(計9回)を繰り返した結果,2015.7現在で319種まで増えた。 その後も採集しているが,データの処理が終っていない(2017.12.3追記)。

解説-13:
長瀞 岩畳 (長瀞町,荒川),標高130〜140 m
他にないか探したところ,地元の埼玉県に厳美渓より大きな岩石段丘があることに気づいた。 それは荒川上流にある「長瀞 岩畳」だ。 自宅から近いので,以後,年に何回も訪れた。2012年に最初に訪れて以来,2017年4月までに計26回訪れている。
この発表当時は,まだ7回しか訪れていなかったが,すでに313種が観察できた。 2016,2017年の観察結果はまだ集計していないが,これまでに463種が観察されている。 2016年の時点で,それまでに訪れた600ヶ所を超える採集地の中で,もっとも観察された原生生物が多くなった。
4〜5万年前に秩父丘陵が隆起し,荒川の流れが北向きに変わったことで,長瀞岩畳付近の下刻が進み, 現在の段丘が形成されたそうだ。したがって,岩畳の段丘面は形成されてから数万年はたっているはず。 この歴史の古さが原生生物のホットスポットになった理由のはず。
解説-14:
飛水峡 甌穴群散策路 (七宗町,飛騨川),標高約120 m
長瀞の次に「発見」したのが岐阜県七宗町(ひちそうまち)にある飛水峡だ。 ここは飛騨川の流域で,川の両岸に鋭く切立った段丘があちこちにある。 そのうち,「甌穴群散策路」には段丘面にたくさんの窪みがあり,小池となっている(近くにある別の段丘面には 赤池 と呼ばれる大きな池もある)。
甌穴群散策路の西側は近くの山に降った雨水の通り道になっているので,原生生物はあまりいないが, 東側は流水に洗われにくいので草木が茂り,水たまりにはたくさんの原生生物がいる。
学会発表当時はまだ1回しか訪れていなかったが,それでも95種が観察できた。 以後も訪問を繰り返し,これまでに5回訪れて,観察できた原生生物は計 317 種となっている。
解説-15:
寝覚の床 (長野県上松町,木曽川),標高約660 m
ここは現在は段丘面?が露出しているが,1968年から運用が開始された木曽ダムによって水位が下がる以前は,水没していたという。 そのため,標高がやや高い位置にある「浦島堂」の周囲には草木が茂っているものの,他の大部分の岩盤には草木の姿はない。 また,岩質の違いからか,岩盤の表面は平らで雨水がたまりそうな場所はほとんどない。 それでも,わずかにあった水たまりで採集したところ,74種が観察できた。 原生生物はあまり期待できないので,以後は訪れていない。

追記:この後,2012.09.14 に初めて訪れた ポットホール公園 (佐世保市)では,112種が観察されている。 ポットホール公園は観光化されていて,段丘面にはかなり人手が加わえられていた。 また,訪問当日は,小雨模様で近くを流れる川はかなり増水していた。 それでもわずか1度の訪問でこれだけの原生生物が観察できたのだから,採集を繰り返せば種数はさらに増えるはずである。 しかし,なにしろ遠いので,再訪できていない(2012.12.10記)。
解説-16:
岩石段丘における原生生物叢の特徴(1),各生物群ごとに観察された種数を棒グラフにしてみた。
上から泥炭湿原(枯木沼湿原,観音沼,大峰沼),岩石段丘(長瀞 岩畳,厳美渓,飛水峡),平地の湿地(柏ビレジ水辺公園,迫間湿地)。 採集地ごとに観察された生物グループ(鞭毛虫,肉質虫,繊毛虫,不等毛類,緑藻類-I,緑藻類-II,その他)の種数を棒グラフで示した。
緑藻類-I;クロロコックム類などの微細藻。比較的平地に多い。
緑藻類-II;接合藻の仲間。比較的大型。高地の湿原に多い。

観察された総種数は,泥炭湿原が圧倒的に多い。平地の湿地は少ない。 岩石段丘は,泥炭湿原と平地の湿地の中間。
また,種組成をみると,泥炭湿原は貧栄養なので,従属栄養(鞭毛虫,肉質虫,繊毛虫)の種より独立栄養(不等毛類,緑藻類-I,緑藻類-II)のものが多い。 平地の湿地は逆。富栄養化しているためと思われるが,従属栄養の生物が多め。 岩石段丘は,泥炭湿原に近い。
解説-17:
岩石段丘における原生生物叢の特徴(2);(1)の種数を%に変換して比較
種組成の違いを明確にするために,種数を%表示に変換して棒グラフを描いてみた。
こうしてみると,泥炭湿原と岩石段丘は,独立栄養生物(不等毛類,緑藻類-I,緑藻類-II)の割合が多いことがハッキリする。
また, 上記のように,同じ緑藻類でも,高地の湿原には緑藻類-II(接合藻)が多いが, 岩石段丘も同様に,緑藻類-IIが多い。
解説-18:
岩石段丘における原生生物叢の特徴(3);観察された「のべ数」で比較
いずれの採集地も何度か訪れているが,同じ種でも,毎回観察されるものもあれば,1,2度しか観察されていないものもいる。 毎回観察される種は,細胞密度が多いので観察されやすく,希にしか観察できない種は細胞密度が低いと推定できる。 そこで,観察できた「のべ数」で棒グラフを描いてみた。
ただし,当然ながら採集回数の多い場所ほど「のべ数」は多くなるので,観察された種数(のべ数)を採集地間で比較しても意味がない。 意味があるのは,同じ採集地での生物グループ間の比率である。細胞密度の高いグループは,それだけ「のべ数」の比率が上がり, 細胞密度の低いは,観察されにくいので「のべ数」は増えず,全体の中での比率は下がることになる。
これは「種数」で表示した棒グラフ。上記のように,採集回数が多いほど「のべ数」は多くなるので,採集地間で総数を比較しても意味がない。 そこで,これも%表示に変えてみた。
解説-19:
岩石段丘における原生生物叢の特徴(4);(3)の種数を%に変換して比較
こうすると,各採集地ごとに,生物グループの細胞密度の高低差がより明瞭になる。 泥炭湿原・岩石段丘では,独立栄養の生物が種数,その細胞密度ともに高い(多い)ことがわかる。
解説-20:
各採集地の原生生物叢を構成する主要種,観察回数の多い種,上位30種まで
平地の湿地( 柏ビレジ水辺公園迫間湿地 )は,従属栄養の原生生物が多いが,泥炭湿原(枯木沼湿原,観音沼,大峰沼), 岩石段丘(厳美渓,長沼 岩畳)は,独立栄養のものが多い。
解説-21:
岩石段丘の特徴;
原生生物が多いのは,高地にある湿原同様,長年月,安定した水環境が続いてきたためと考えられるが,,。 岩石段丘ならではの特徴がある。それは,,,
1. 川が増水した場合は,冠水する恐れがある。冠水の頻度が高ければ,原生生物は減ってしまうはず。  河床との段差が大きくなるにつれ,冠水する頻度が下がり,原生生物叢が豊かになると推定できる。
2. 快晴が続くと,水位が下がり,最悪干上がってしまう恐れもある。 高地の湿原にある池塘も,まれに干上がることがあるが(例; 蔵王いろは沼), 岩石段丘にくらべると希だ。 一方,乾燥に晒されるのは,土壌微生物叢も同じなので,岩石段丘にしかない特徴とはいえない。
3. 夏場になると,気温と太陽光によって岩盤の温度が上昇。水辺の温度もかなり上昇する。 岩畳では,一時的にお湯のような暖かさまで水温が上がる。
解説-22:
洪水の影響;
長瀞 岩畳は,岩盤上に草木が生い茂るが,まったく冠水しない訳ではない。 ここは近くに 埼玉県立自然の博物館, 旧称 埼玉県立自然史博物館があり, 過去の洪水の記録を詳しく知ることができた。 それによると,毎年ではないが,ときおり冠水しているらしい。 (ただし,荒川上流にダムが出来てからは冠水の頻度は下がったという)
しかし,岩畳は名前の通り,平板状の岩が畳状に重なっている。そのため,岩と岩の隙間がたくさんある。 おそらくその間にいた原生生物が,洪水でも洗い流されずにいるので,すぐに原生生物叢が回復すると思われる。 これが,原生生物叢が豊かになった原因の一つと考えられる。
解説-23:
乾燥の影響;
岩石段丘の場合,浅い水たまりは,頻繁に乾燥するので原生生物は少なめだが, とくに乾燥に強い種が多く生き残っているわけではない。
また,夏場に訪れると,岩盤は焼けるように暑くなる。水たまりの温度もお風呂の湯のようになる。 それでも高地の湿原にいるのと同じグループの原生生物がいる,ということは・・・。
解説-24:
まとめ;
1. 岩石段丘の水たまりには,多様な原生生物が生息している。
2. 原生生物叢としては,緑藻類(とくに接合藻)が多い。
 これは高地にある湿原の池塘と共通している。
3. 湿原と異なり,洪水で冠水したり,乾燥しやすい。
 夏場には水温がかなり上昇する。
このような厳しい環境の下,いかにして生息種数が増え,長年月維持されてきたのか?

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