公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース

アサガオ類画像データベース
http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/Yoneda_DB/J/menu.html
データベースの内容と利用状況
米田芳秋

はじめに

 アサガオ類(Morning Glories)という言葉は広くアサガオ類似の植物を指すが,本データベースでもヒルガオ科の中で比較的よく知られている植物を加えている。しかし,中心はアサガオ(Ipomoea nil)である。アサガオは中国から渡来した植物で,江戸時代に多数の突然変異体が出現し,これらが組み合わされて日本独特の園芸植物となった。いわゆる古典園芸植物の一つである。20世紀になって日本の遺伝学が開始された頃,アサガオは早速遺伝子分析され,1950年代までに200以上の遺伝子が分析された。最近の新しい分子遺伝学的手法により,遺伝子連鎖地図の精密化,トランスポゾンと花模様や花形との関係が追究されている。生物多様性という観点からすると,アサガオはその中に多数の突然変異遺伝子の組み合わせからなる多様な系統を有する植物といえる。九州大学で現在約700の系統が保存維持されており,江戸時代以来の文化遺産として,また生物資源として貴重なものである。また筆者が近縁種のマルバアサガオ(Ipomoea purpurea)を交配して種間雑種を育成して以来,新しい園芸品種が加わりこの面での多様性も増加しつつある。本データベースではこれらの植物の画像を中心に歴史,遺伝上の説明を加え,関連文献を掲載した。一方,アサガオは典型的な短日植物で,花芽分化の研究材料としても1950年代以降,日本の研究者のみならず国際的にも広く使われ,植物生理学上も有用な植物である。
図1 日本語版メインメニュー

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
Yoneda_DB/J/menu.html

 このような研究面での有用性のみならず,アサガオは江戸時代以来庶民の花として広く親しまれており,現在も朝顔同好会が各地にあるのも特徴の一つである。朝顔市やアサガオの展示会は夏の風物詩となっている。また小学校の理科教材としても古くから使われてきた。このように多くの方に興味と関心をもたれてきたアサガオであるので,小学生から研究者までを広く対象とした画像データベース作成を心掛けた。アサガオが日本独自の園芸植物であることをさらに多くの方に理解していただくことは園芸文化上からも有意義であり,またこれの英語版を作成し,世界に発信していくことは異文化相互理解という面からも有意義であろう。

1)データベースの作成経過と現状 -その1-

 1997年度に総研大企画の共同研究「生物形態資料画像データベースの構築」が発足し,筆者はアサガオの画像データベース作成を目的に参加し,編集を法政大の月井雄二氏が担当した。この時点での基本方針として日本の伝統的な園芸花で多数の遺伝子突然変異体をもつアサガオを中心に近縁種およびアサガオとの種間雑種およびヒルガオ科の園芸植物の画像データベースを作成し, 各画像に説明と関連文献を添付し,アサガオ関連著書, 論文などの分野別リスト, および古文献などのリストを作成し, アサガオ関係事項のリンクを整備することとし,画像は手持ちのカラースライドの中から筆者の「原色朝顔検索図鑑」(1981)および「アサガオ江戸の贈りもの」(1995)での使用分と可能な限り重複しないものを選択することとした。その後,アサガオ入門としてすでに絶版となっていた 筆者監修, 竹村嘉夫写真 「アサガオ」 講談社パノラマ図鑑(1991刊)をディジタル化して加え(図2),「アサガオ類画像データベース」として法政大(http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/Yoneda_DB/J/),総研大(http://taxa.soken.ac.jp/Asagao/Yoneda/menu.html)より1998年8月にWeb上で公開した。なお,2001年度には「世界各地のアサガオ」を追加した。 
図2 講談社パノラマ図鑑「アサガオ」

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
Yoneda_DB/J/Introduction/htmls/cover_front.html


図3 画像一覧の例:花模様「曜白」

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
Yoneda_DB/J/species/F_patterns/06.html

 各サムネイル画像をクリックすると図4のような「アサガオ類画像データベース」の基本画面が表示される。

図4 「アサガオ画像データベース」の基本画面

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
Yoneda_DB/J/PCD2521/htmls/34.html

系統名,遺伝形質(表現型),著作権者名,説明,画像から構成される。画像はサムネイル画像とその2 x 2倍,4 x 4倍の画像が表示されているが,その他に, 8 x 8倍,16 x 16倍の画像へのリンクがある。

1)データベースの作成経過と現状 -その2-

 1998年度に「アサガオホームページ」(http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/)(図5)を作成し分子遺伝学的研究を含めて広くアサガオを紹介している九州大理学部の仁田坂英二氏が共同研究に参加し,法政大と九大のデータを総合して統合版を作成することを計画した(図6)。統合版は「アサガオ画像データベース」として2000年度にWeb上で遺伝学普及会より公開し(http://www.genetics.or.jp/Asagao/menu.html),さらにCD-ROM「アサガオ画像データベース」を作成して配布した。
図5 「アサガオホームページ」メインメニュー

URL, http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/

図6 CD-ROM版「アサガオ画像データベース」

URL, http://www.genetics.or.jp/Asagao/menu.html

 2001年度より新潟大理学部の和田清俊氏が共同研究に参加し,アサガオの生理学分野を担当し,花成生理学を中心にして公開を始めた(http://www.sc.niigata-u.ac.jp/biologyindex/wada/)(図7)。また国立基礎生物学研究所の飯田滋氏も2001年度より参加し,トランスポゾンによる花模様の出現機構解析を中心に仁田坂氏との共同研究を通じて協力している。


図7 「アサガオの生理学」

URL, http://www.sc.niigata-u.ac.jp/biologyindex/wada/

 現在,英語版(図8)を作成中で,これにより日本の伝統的な園芸植物としてのアサガオがさらに広い地域で理解され,異文化交流という面でも役立っていくことが期待される。また英語版を含めたCD-ROMの制作改版を予定している。

 また,農業生物資源研究所が開発した生物系のサイトに特化した検索エンジン,BioCrawlerを利用させてもらい,これら3箇所(法政大,九州大,新潟大)にあるデータを一括して検索できる「アサガオ統合検索」が実現した。これにより地理的に離れている3つのWebサイトを統合してアサガオ関連の広域データベースとして利用することが可能になった(図9)。


図8 英語版メインメニュー

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
Yoneda_DB/E/menu.html

図9 Bio-Crawlerを利用した統合検索

URL, http://protist.i.hosei.ac.jp/Asagao/
BioCrawler/search_n9c6.html

このBioCrawler を利用したサイト内検索の設定法については,以下のURLで詳しく解説している。
http://protist.i.hosei.ac.jp/Science_Internet/
BioCrawler/index.html
2)内 容

 ここでは統合版をもとに現在Web公開中の主な内容を項目別に簡単に紹介する。

1 アサガオの分類
 11 ヒルガオ科の植物・分類(米田) 主要な植物を紹介している。
 12 ヒルガオ属植物とその種間雑種(米田) 日本に自生するヒルガオ属4種と,4種間の雑種を紹介している。
 13 イポメア属の植物・分類 (米田) 主要な植物を紹介している。
 14 アサガオの近縁種種間雑種(米田) アサガオの近縁種としてアメリカアサガオ,マルバアサガオとこれら3種間の雑種,また宿根性のノアサガオを紹介している。

2 アサガオの系統
 21 世界各地のアサガオ(米田)日本の1系統を含め,アジア,オーストラリア,中南米,アフリカの野生または地方在来13系統の形質紹介と相互比較をした。この結果,筆者はアサガオの原産地として南米の可能性が高いと考えている。
 22 日本のアサガオ
  221 古図譜のアサガオ(米田仁田坂)「あさかほ叢」(1817),「牽牛品」(1817),「朝顔三十六花撰」(1854)など江戸時代の代表的な朝顔図譜からの図を紹介している。
  222 変化アサガオ(米田仁田坂)種々の系統紹介。
  223 大輪アサガオ(米田仁田坂)種々の系統紹介。
  224 系統リスト(仁田坂)国立遺伝学研究所から移管した系統を母体に九州大学で現在保存維持している系統は約700に及んでいる。

3アサガオ入門 講談社パノラマ図鑑 「アサガオ」(米田芳秋監修,竹村嘉夫写真)を紹介している。小学生を主な対象とした入門書。

4アサガオの栽培方法 (仁田坂) 栽培法の基本を説明している。

5 アサガオの遺伝
 51 染色体(米田)アサガオ(Ipomoea nil)の染色体2n=30のギムザ染色像を紹介している。
 52 連鎖地図(仁田坂)分子遺伝学的な手法としてAFLPマーカーを使い,クローン化された遺伝子の分子マーカーおよび表現型マーカーを加えた15の連鎖群を紹介している。
 53 遺伝子リスト(仁田坂)今井喜孝,萩原時雄らにより古典遺伝学的方法によって分析された200以上の遺伝子のリストに新しく分析された遺伝子を加えている。
 54 分子系統樹(仁田坂)DNA塩基配列を基礎データとしてアサガオと近縁種を比較し,系統関係を論じている。
 55 トランスポゾン(飯田&仁田坂)アサガオやマルバアサガオの花に見られる斑点や条斑模様がトランスポゾンによって表現されるしくみを紹介している。

6 アサガオの生理学(和田)
 61 花成生理(和田)典型的な短日植物であるアサガオの花芽分化の問題を論じている。
 62 成長生理(和田)アサガオの蔓の巻き方,花のしおれなどの問題を紹介する予定。

7 アサガオの組織培養,不定胚形成,個体再生(米田) アサガオの未熟胚に生じた不定胚から個体が再生するまでの経過を紹介している。

8 午後開花アサガオ(米田) メキシコ野生系統から2001年に生じた開花時刻変異アサガオ。午後5時頃開花し,夜中にしおれ始める。

3)利用状況と利用者との交流

 アサガオというと小学校低学年の教材,夏休みの自由研究のテーマとしてよく使われている。このような活動を通じて生物への興味が深まり発展していく子供がいる。尤も親が検索を代行している場合が多い。アサガオを教材として教える立場の小学校教員からの質問もある。アサガオと近縁種の識別やアサガオの花の酸性雨による脱色斑についての質問があり,環境汚染指標植物としてのアサガオについて光化学オキシダントによってできる葉の漂泊斑についても説明することにしている。高校教員,大学院生を含む研究者(外国からの研究者を含む)からは研究情報交換や種名同定依頼,種子分譲依頼があり,育種上の質問もある。趣味家からも種々の情報交換,質問がある。CD-ROM購入希望もあった。民間企業からは画像掲載依頼が多く,取材依頼があった。また種々の団体からリンク申し込みがある。

 このようにデータベース公開により交流の範囲が確実に広がったという点に大きな意義がある。小学校でインターネット使用が普及すれば教育現場での活用が一層増加する可能性がある。英語版の作成により一層広がることが期待される。

4)今後の課題と将来の維持管理

 本データベースは項目としてはアサガオについてのすべてを網羅しているので今後も各項目の充実に努めたい。分子遺伝学的な研究においては遺伝子連鎖群の精密化,変化アサガオの多彩な形質とトランスポゾンとの関連追究,形態形成の理解,遺伝子導入などの問題がある。

 江戸時代の朝顔図譜に濃い黄色花の図がある。現在薄い黄色花しかみられないので,この濃い黄色花アサガオの育成は趣味家の夢である。他の黄花植物からの遺伝子導入によって解決されるかも知れない。花持ち性の改善についても同様の手法によって成功するかも知れない。種間交雑育種の方向性としては宿根性ノアサガオの利用が可能になると面白い植物が誕生するであろう。

 昨年,発見した午後開花アサガオは開花時刻を決めるしくみを理解する上で役立ちそうであり,園芸的にも面白い性質である。

 以上,遺伝学的および園芸的な面からのアサガオの将来の課題である。筆者としてはこのアサガオ画像データベースが生物面のみならず,今後は文化系の諸事項を含めた大ネットに発展することを期待して止まない。また他の古典園芸植物とも連係してインターネット上で公開されることも望ましい。

 データベースの具体的な維持管理法として現在は総研大,法政大,新潟大,九州大において管理し,ミラーを遺伝学普及会に置いているが,今後は九州大を中心に維持管理をしていく予定である。