第1回日本進化原生生物学研究会: 原生生物における種の実在性 by 月井雄二

1 分子・形態レベルにみられる変異の飽和

1-2. ゾウリムシは形態種が少なすぎる。これ以上変化できない!?

 ゾウリムシ(Paramecium caudatum)の接合型グループが多系統であるならば,その上位カテゴリィのゾウリムシ属はどうだろうか?
 ゾウリムシ属(Paramecium)の仲間は,どれも野外ではもっとも数多く観察できる原生生物の部類に入る。同じように,野外にたくさんいるミドリムシ(Euglena)やクラミドモナス(Chlamydomonas)などはひとつの属内に多数の種がいるが(注1),このゾウリムシ属の場合は,含まれる形態種(形態的特徴で区別された種)はわずか十数種しかいない(Fokin 19??)。
 既述したように,化石研究からはゾウリムシの仲間は少なくとも2億4000万年前から生息していたことがわかっているのだから,この数はあまりに少なすぎる。この理由としては,ゾウリムシの細胞形態があまりに単純なため,取りうる「変異幅」が限られていて,形態レベルでは十数種以上には多様化できなかった可能性が考えられる。

図5 ゾウリムシ属の主な形態種
 左上段から,P. multimicronucleatum, P. caudatum, P. aurelia, P. trichium, P. jenningsi; 左下段から,P. dubousqui, P. bursaria, P. polycaryum

注1:緑藻類クラミドモナス属(Chlamydomonas)は,形態的特徴は単純(眼点が1個,鞭毛が2本,1個の葉緑体があり,そこにピレノイドが含まれる。核も1個。収縮胞が鞭毛の根元に2個)でありながら,葉緑体の形と細胞内の配置,ピレノイドの数と形,核の位置,眼点の位置と形などの違いから500近くの種に分けれられている。これは緑藻類の特徴としてクラミドモナスの細胞形態が比較的変化しにくいため,形態的特徴を区別しやすかったことが理由の一つと考えられる(そして,分類学者の努力も)。
 一方,ミドリムシ属(Euglena)は,種数はクラミドモナスほどではないものの,国内だけでも50近い数の種が報告されている。当方のデータベースにあるデジタル標本箱にも,既知種だけで35種,種名不明なものを含めると50 種近い数の画像がある( http://protist.i.hosei.ac.jp/PDB/Images/Mastigophora/Euglena/index.html)。しかも,各種ごとに,非常に大きな形態的変異を示している(参照 図16,図17 )。
 いずれの属も,野外ではかなり高頻度に見つかるグループだが,このように一般には,出現頻度が高く,したがって個体数も多いと推定されるグループ(属)は,グループ内の変異(種の数,あるいは種内変異の数)も大きくなる傾向を示す。したがって,同じように,野外での出現頻度の高いゾウリムシ属(Paramecium)がわずか十数種の形態種しかいないという方が不自然といえる。

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