第1回日本進化原生生物学研究会: 原生生物における種の実在性 by 月井雄二

2. 観察限界について

2-3. 多様性研究における画像データベースの有用性

我々はもっと野外観察をすべきだ
 微生物の種は,通常,野外から採集してきた細胞を実験室内で培養して,それを詳しく調べて種の記載をすることが多い。多少の野外変異も調べられるが,それは多細胞生物に比べれば圧倒的に少なく,網羅的ではない。そのため,文献によって各種の変異幅(細胞長など)はまちまちである。中には,以前の文献にある記録に新規データを追加して変異幅を記載している文献もあるが,その場合は時代とともに変異幅が大きくなる傾向がみられる。
 原生生物の種について考えるためには,我々はもっと数多くの野外変異を知る必要がある。しかし,問題は,原生生物のほとんどは「保存標本」が作れないという点にある。従来,原生生物の野外観察が十分に行なわれなかったのは,このためもあっただろう。そこで,その問題を解決し,野外観察を行なうために有効なのが,私たちが現在行なっている画像データベース(我々はこれをデジタル標本箱と呼んでいる)なのである。

画像データベースの一画面
 図15は原生生物情報サーバの「デジタル標本館」にあるEuglena 属の一種,Euglena spirogyraの index pageである。各サンプルのサムネイル画像の下にある種名をクリックすると,各サンプルごとのweb pageへ移動する。サンプルごとのweb pageにはそのサンプルを様々な条件(倍率,撮影方向等の撮影条件の違い;あるいは培養条件の違いによる形態変化や細胞分裂・捕食の様子など同じサンプルを単離培養して長期に渡って撮影したものもある)で撮影した複数の画像と詳細な記載情報がある。

図15 Euglena spirogyra種の web page
 ここには,Euglena属の一種,Euglena spirogyraと同定されたサンプル(標本)のサムネイル画像と各サンプルの主な特徴(サイズ幅,採集年等)などが示されている。サムネイル画像の下にある種名をクリックすると,各サンプルのweb pageへ移動する。

Euglena spirogyra の種内変異
 これはその中の一つ。Euglena spirogyraの野外変異。ここにあるのは文献にある変異幅内に収まるサンプルの画像だが,,。
 採集サンプルが増えるにつれ,文献にある変異幅に収まらないものや,種の特徴である細胞表層の瘤状突起列がないものや不明瞭なものも見つかってきた。今後,さらに採集を続けていけばこれらの変異幅がどこまで広がるかが問題。
図16 Euglena spirogyraの種内変異
 この種は,細胞体が上下に扁平で細胞表層(ペリクル)に瘤状の突起が並んでいるのと,細胞内に大きなリング状のパラミロン粒が2個あるのが特徴とされる。この他,細胞先端部の形状などにも特徴がある。図の中央と左端の画像は教科書にあるサイズ幅に収まるが,右上のものはそのサイズ幅以下のものである。また,右下のものは,サイズは教科書どおりだが,細胞表層にある瘤状の突起列がないか,あるいは非常に痕跡的で,教科書にはない特徴を持つ。

参考:左図は,私がこれまでに採集したEuglena spirogyraの標本一覧である。

Euglena mutabilis の種内変異
 同様なことは,Euglena mutabilisでも起きた。文献的にはこの程度の変異までが紹介されているが,さらに調べると,,。
 さらに大きなものや,非常に小さなものまで見つかってきた。小さなものは決して痩せ細っている訳ではない。その証拠に,これらは無菌培養しているもので,栄養が十分すぎるくらいある条件で撮影したものであるからだ。かれらはこれ以上には決して大きくならないのだ(図17の右下部)。
図17 Euglena mutabilisの種内変異
 この種の主な特徴は,細胞体がやや細長い円筒状で後端部は尖る;活発に変形運動をする;大きな円盤状の葉緑体が細胞表層にある,などである。ただし,細胞長は非常に変異幅が広い。図の中央部と左端のものは,教科書にあるサイズ幅内に収まるが,右端のものは教科書にはないサイズのものである。

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