第1回日本進化原生生物学研究会: 原生生物における種の実在性 | by 月井雄二 |
1 分子・形態レベルにみられる変異の飽和 |
1-3. 他の原生生物ではどうか?(Mayorella,Chilomonas paramecium,Frontonia)
以上のように,ゾウリムシでは,形態レベル,分子レベル(接合型の違い)のいずれにおいても,とりうる変異の幅が限られているため,その進化的起源の古さも手伝って,かなり以前から「変異の飽和」が起きていた可能性が高い。同様なことは,同じように形態が単純(識別可能な形態・機能的特徴が少ない)で,かつ,進化的起源が古い他の数多くの原生生物にも当てはまるのではないかと考えられる。
そこで,既述したように,これまでデータベース制作の過程で得た様々な原生生物の種ごとの変異とその近縁種間の変異を調査するとともに,いくつかの属(Mayorella, Chilomonas, Frontonia)において属内の系統調査(具体的にはRAPD法による分子系統樹の作成)を行なった。その結果,形態的には多様性がみられないグループでも分子系統的には著しく多様性があるもの(Chilomonas)など,ゾウリムシの場合と同様に,他の原生生物においても形態レベルでの「変異の飽和」が起きていることを示唆する結果が得られた。
Mayorella属の核DNAを鋳型としたRAPD系統樹
図6は肉質虫類マヨレラ属の核DNAを鋳型とするRAPD系統樹である。後述するように,マヨレラ属は形態が多様で,種を識別するのが大変にむずかしい。一応,形態が似たもの(よって同一種と判断されたもの)は系統的に近い場合(M. leidyi)もあったが,マヨレラよりも他の属(Korotnevella)に近いものなど全体としては形態的類似性と分子系統はあまり一致しなかった。
図6 Mayorella属の主な形態種と核DNAを鋳型としたRAPD系統樹
RAPD法で検出されたバンド(計199本)の種内の不一致率は最大97%だった。M. leidyiと判定された株はどれに非常に似ていたが,他はいずれも大きな不一致率を示した。中には,現在,Korotnevella属とされているグループにより近いもいた。
Chilomonas paramecium種内におけるRAPD系統樹
図7は鞭毛虫類キロモナス(Chilomonas paramecium)の核DNAを使った種内のRAPD系統樹である。C. parameciumは,土壌や池沼の泥水等に広く生息する種類で,採集の際,もっとも頻繁に発見される。にもかかわらず,形態的な変異はほとんどみられず,日本で発見されているキロモナス属の種類はこのC. paramecium,わずか一種類のみである。
しかし,RAPD法で分子系統樹を作成すると種内の変異量(RAPDバンドの不一致率)は,最大100%に達し,前のマヨレラ属以上であった。このことは,C. parameciumは進化的起源が相当古い種類であるが,なんらかの理由で形態的な多様化が抑制されてきたことを強く示唆している。
図7 C. parameciumの画像とRAPD法による種内系統樹
RAPD法で検出されたバンド(計197本)の種内の不一致率は最大100%に達し,Mayorella属内の不一致率を上回ってしまった。このため,out groupとして用いた同じクリプト藻類の仲間,Cryptomonas sp., Ikk-2株がout groupとしての役割を果たさなくなってしまった。
Frontonia属の核DNAを鋳型としたRAPD系統樹
図8は繊毛虫類フロントニア(Frontonia)属の核DNAを使ったRAPD系統樹である。意外だったのは,野外にもっとも多く生息する大型種,F. leucasは,採集地が離れたものでもほとんど分子レベルでは違いがみられなかったことである(注1)。しかし,属全体でみると,やはり形態的類似性と分子系統との間に相関はみられなかった。とくに中型種 F. marinaは多様で,他の種と系統的に入り交じっていた。これらのことから,F. leucasは比較的近年になって進化し,急速に分布を拡大した種であることと,一方,F. marinaとされるグループは,分子系統的には「多系統」であるといえる。注1:RAPD法で検出されるバンドには,強く増幅されるmajorバンドと増幅の程度が弱いminorバンドがある。majorバンドはすべて比較的安定している(再現性が高い)が,minorバンドの中にはPCRの効率が下がると検出されない(再現性が低い)ものも含まれる。
このため,minorバンドの不一致率の一部は artifactである可能性があり,RAPD法における系統間の差異は,その分だけ多めに見積られる可能性がある。F. leucasの場合は,このminorバンドでは若干の系統間の違いが見られたものの,他のバンドには違いがなかった。とくに様々な地域から採集した7株すべてのmajorバンドが完全に一致したのは驚きだった。このようにmajorバンドがすべて一致した例は他では今まで観察されていなかったからである。
ゾウリムシでは,これまでに74株以上を比較した結果,総計279のRAPDバンドが検出されたが,すべてのmajorバンドが一致した例は一件もなかった。唯一,完全に一致したのは,人為的に誘導した自家生殖(autogamy)で得られた株(27aG3)とその子孫のみだった。自家生殖の子孫は,そもそもすべて同じ遺伝子組成になっているはずなので,この結果は,27aG3が間違いなく自家生殖によって得られた株であることを証明するとともに,RAPD法が株間の遺伝的差異を検出する手法として十分に有効であることを示している。
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