植物や菌類では、無性生殖の際に形成される生殖細胞で、配偶子と異なり、単独で新個体となることができるものをいう。
原生生物では、ザイゴート(接合子;受精卵に相当) が分裂して多数の スポロブラスト(胞子細胞)を生じ、それらが 被嚢したものを胞子という。 (「原生生物図鑑」より)この定義には問題がある。なぜなら、微胞子虫類では有性生殖が知られていない(?)のに、「胞子」なる 用語が使われているからだ。さらに以下にも示したように、原生生物における「胞子」の使われ方はきわめて あいまいである。このような事態に至ったのは、「胞子」という、本来は植物や菌類などの多細胞生物で使われていた用語を 単細胞の原生生物に無理矢理あてはめようとしたことに原因があるように思える。
接合子から出発することを「胞子」の定義に含めることに拘ると、微胞子虫、粘液胞子虫類の「胞子」は定義 からはずれることになるので、その名称を変える必要がでてくる。とすれば当然ながら「微胞子虫、粘液胞子虫」 という生物群の名前そのものも変えなくてはならない。
それでは大変なので、逆に、接合子から出発することを「胞子」の定義からはずせばどうだろうか? しかし、そうすると、今度は「胞子」を定義することが極めてむずかしく なるのである。
植物や菌類と同様に、 「無性生殖の際に形成される生殖細胞で、配偶子と異なり、単独で新個体となることができるもの」 とすればよいように思えるが、これは個体と細胞の区別がある多細胞の植物や菌類にはうまくあてはまるが、原生生物にあてはめる とおかしなことになる。なぜなら、 生活環を通じて単細胞の原生生物の場合は、無性生殖を行なう生殖細胞とその他の細胞という区別はないので、 配偶子に分化した時期の細胞以外のすべての細胞が胞子であることになるからだ。結局のところ、原生生物の「胞子」は、被嚢して環境の変動に強い耐性をもつ細胞である、 という形態的・機能的な面で、たまたま植物や菌類の胞子と似ていたというだけにすぎない(アピコンプレクサ類だけは、 胞子形成前に有性生殖を行なうので生活環上の位置付けも一致している)。そうであれば、これらは「胞子」 というよりは、より広い意味をもつシストと呼んだ方がよいと思われる。
グレガリナ類ではオーシスト(接合子嚢)を胞子と呼び、 他の アピコンプレクス類ではスポロシスト を従来胞子と呼んでいるが、これらはいずれも上記の定義に合わない。
同じ用語を分野ごとに異なる意味で用いることはよくあるが、近接した分野(または、近縁の生物群)で意味が 異なっているのは好ましいことではない。 初学者にとっては知識が混乱し学習の妨げになるし、ひいては各々の分野の発展にも悪影響を及ぼす事になるからだ。 用法に論理的整合性が欠けていたのではなおさらである・・・。