原生生物の採集と観察
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1 原生生物の採集法

2)採集場所
 原生生物はあまりに小さいため,我々の日常生活でその存在に気づくことはほとんどないが,顕微鏡を使って観察すると我々の周囲いたるところに様々な原生生物が暮らしていることがわかる。ただし,ある程度,場所ごとに生息する原生生物の種類は限られている。以下では主な場所ごとにどのような原生生物が見つかるかを著者(月井)の経験をもとに紹介する。

 なお,採集されたサンプルには,原生生物だけでなく,バクテリアや ラン藻 などの原核生物や, ワムシミジンコアブラミミズクマムシイタチムシ などの微小な多細胞動物が同時に見つかることが多い。

池・沼・湿原
 池・沼は,原生生物の採集場所として紹介されることが多いが,意外に期待はずれの場合があるので注意したい。とくに,市街地の池は,岩やコンクリートでできたものが多く,このような場所は定期的に水抜き・清掃が行なわれるため,微生物の数も種類も少ない(このような場所で最も多く見かけるのが増殖の速い アオコ である)。鯉などの魚が飼われている池も同じ理由で期待できない。また,水流がある池や,たびたび大水が出て大部分の水が入れ替わってしまう池沼では,原生生物の多くは流し出されてしまうため, アオミドロ など固着性の藻類以外は見つかりにくい。また,大きな池や湖も採集場所としてはあまり期待できない(手賀沼,河口湖)。
アオコ (Microcystis)
 原生生物が比較的多く見つかるのは,長期間,水が滞留し,水底に落ち葉や有機質のヘドロがたくさん堆積している場所である。ただし,有機物がたくさんあっても,日当たりの悪い場所は藻類が繁殖しにくく,それを食べる原生動物も増えないため,原生生物の種類は少なくなる。最も確実な場所は日当たりが良く,岸辺や水中に青々とした草が生えた水深の浅い場所である。

 したがって,採集場所としては池・沼よりも湿原の方が有望ということになる。とはいえ,湿原は住宅地の周辺にはあまりないので,実際に採集できる場所としては池・沼が多くなる。湿地として住宅地の周辺に比較的多くみられるのは葦原である。しかし,葦原が発達した水域では,原因は不明だが, ミジンコ などの多細胞動物は見つかるものの,原生生物は非常に少ない(渡良瀬遊水池など)。

 一方,一度定着したものは,その後の環境の変化で数が減って見つかりにくくなったとしても,完全に消滅する訳ではない。このため,池・沼ができてからの経過時間に比例して,生息する原生生物の種類が増加する傾向が見られる。山奥の湿原や池沼など,古くからあって,かつあまり人間の手が加わっていない場所にはたくさんの種類の原生生物が生息している。

 一方,市街地にあるコンクリート製の池は,富栄養化が進んで アオコ (Microcystis,ラン藻類の仲間)が大発生している場合が多いが,このような場所であっても,古い池であったり,周囲の自然環境が豊かであれば,ごくわずかずつではあるが様々な原生生物が混在しているケースがみられる。それらを観察するには,後述する「採集してから時間をおいて観察する」方法をとる必要がある。

 当大学(法政大)の近くには一年中アオコが大量発生している場所(旧江戸城の外濠)がある。以前ここから採集した数十ccほどのサンプルを1ヶ月以上観察し続けたところ,当初はアオコしか見えなかったがアオコが次第に死滅するにつれて,様々な原生生物が増殖して観察されるようになった。時間の経過とともに出現する原生生物の種類が変わり,最終的には 150種以上 が観察できた。このようにたくさんの生物が生息しているのは,外濠の歴史が古いこととと池や田圃に比べて人の手が入り難い環境であることが原因と思われる。
マルロモナス(左)とシヌラ(右)
 また,原生生物の採集時期としては,春や秋などプランクトンが増殖する季節が適しているとされるが,冬でも氷ることのない池・沼であれば,一年を通して原生生物の採集が可能である。 シヌラマルロモナス (黄金色藻類)のように,他の藻類や原生動物の活動が衰える秋から春にかけて逆に数が増えて見つかりやすくなるものもいる。

田圃

 水田も原生生物の採集場所として期待できるが,農薬が使用されるためか原生生物がほとんど見つからずがっかりさせられることもある。とはいえ,田植えから1〜2ヶ月もすると,アミミドロや アオミドロミドリムシ などが大発生しているのに遭遇することもよくある。


アミミドロ (Hydrodictyon)
 ただし,水田の多くは秋〜春の間は水が抜かれてしまうため,その間は採集できない(土壌を持ち帰って培養すればある程度の観察はできる)。また,土壌中で冬を越せないものは生息できない。これと薬剤の影響もあるためか,水田で見つかる原生生物の種類は比較的少ない。(農薬を長期間使用していない場所であれば話は別である。最近,ある環境保全地区周辺の水田から採集したサンプルには パンドリナ の他,比較的珍しい種類の藻類や原生動物が数多くいた。これは保全地区が近くにあるため農薬の使用が控えられていたためではないかと考えている)。

 珪藻類は土壌を好むため田圃脇の水路(ただし土製)などで数多く見つかることがある。

川(川底とその周辺)
 川は水が絶えず流れているため浮遊性の原生生物はあまりいないが,固着性の藻類は川底の石の表面に付着して大量に繁茂している。川底ではヒビミドロなどの緑藻類や Melosira などの珪藻類が見つかる。また,これらの藻類の塊の中で浮遊性の原生生物が見つかることもある。岸辺付近の水が淀んだ場所だと種類は多少多めだが,大雨などによる増水の後だと川底とほとんど変わらない。
 また,堤防のある川には,川岸と堤防の間に草地や砂地が広がり所々に水たまりがある。このような場所は環境が池・沼に近いため川底よりは原生生物の種類が多い。ただし,やはり洪水の時には流されてしまうので,一般の池・沼ほどではない。

ヒビミドロ (Ulothrix zonata)

下水溝
 意外に思うかも知れないが,一般家庭の周囲にある下水溝は原生生物の採集場所としては最適な場所の一つである。近年,市街地の下水溝はほとんど蓋がしてあるため採集は困難だが,郊外の住宅地や農村地帯では下水溝に蓋がしていない場所が残っている。このような下水溝には,常時水が滞留していて,水底に家庭から出た食物滓などがヘドロ状にたまっている所がある。そのような場所は,人間の生活環境としては好ましくないが,富栄養条件を好む微生物の繁殖場所としては最適といえる。
ミドリムシ (Euglena spirogyra)
 ヘドロ部分は有機物が多すぎるため酸欠状態となり,嫌気性のバクテリアが繁殖して悪臭を放つが,そのヘドロと上部の水層との境目付近には,必ずと言ってよいほど, ミドリムシユレモ (Oscillatoria,ラン藻の仲間)が大量発生している。そのような場所では, ゾウリムシ やその近縁の繊毛虫類( Glaucoma, Colpidium, Tetrahymena )が一緒に見つかることが多い。後述するように,ゾウリムシの採集場所としては,池や沼よりも,むしろこのような下水溝の方が確実である。

 以前,川越市近郊の農家の周囲に土を掘っただけの下水溝があり,その水が深緑色に染まっていたことがあった。これを持ち帰って観察したところ,すべて同じ種類のミドリムシが大量発生したものだった。また,武蔵浦和駅付近の住宅地にあるコンクリート製の下水溝には,底にヘドロがたまっていたが,その上層部で大型のミカヅキモ( Closterium lunula )が大量発生していたこともある。ヘドロの上で緑藻類であるミカヅキモが増殖するのはめずらしい。

土壌(田畑,路上)
 土壌には,黒〜茶色の田畑の土から,舗装されていない道路の土など様々なものがあるが,これらの場所にもたくさんの原生生物が生息している。とくに有機物を大量に含んだ田畑の土には, ColpodaNassula などの土壌性の繊毛虫や Chilomonas などの鞭毛虫がいる。また,小型のアメーバ類(肉質虫類という)が大量に生息していることもわかっている。これらの原生生物は土壌が乾燥している間は,シストと呼ばれる状態で休眠しているが,雨が降って土壌が湿り気を持つとシストから出て一気に増殖する。そして,雨が上がり土壌が乾燥してくると再びシストとなって次の雨がくるのを待つという生活をくり返している。したがって,土壌中の原生生物を観察する場合は,田畑や草地の土を持ち帰り,これに水を加えて泳ぎ出す原生生物を観察すればよい。
ユレモを食べるナスラ (Nassula)
 この他,雨の多い時期には,舗装されていない道路上にできた轍に数日〜数週間雨水が残っていることがある。このような場所では,ユレモ(Oscillatoria)が短期間に大量発生し,これを餌とするNassulaなどの繊毛虫類も増殖していることが多い。

その他
 池沼や土壌だけでなく,住宅地の壁や路上の石,電柱,樹皮,ガードレール等にも原生生物は生息している。古い住宅の壁や石柱などでは,表面がうっすらと緑色(もしくは赤〜オレンジ色)をしているのをよく見かけるが,これらは気生藻と呼ばれる緑藻やラン藻が繁殖したものである。気生藻は,ガードレールなどでよく見つかるが,これらの「緑色の粉末」を持ち帰って水を加えると,緑色の細胞塊が観察できる(右図)。しばらくするとその気生藻に混じって繊毛虫が泳ぎ出したり,時には クマムシ (多細胞動物)がゆっくりと歩きだす姿を見ることもできる(クマムシは池底のドロの中にも生息している)。
Apatococcus (or Protococcus)
ガードレールから採集された
 この他,街中のコンクリートや石畳などでも,雨水や水道の漏水などが常に流れていたりする場所がごくわずかでもあれば,そこで原生生物が大量発生していることがある。上野の不忍池は周囲がコンクリートで固められていて岸辺に草は生えていない。このため,池の水には鳥の羽や糞が大量に浮遊している程度で,原生生物はあまりいない。しかし,池の近くにある水道栓からわずかではあるが水が漏れ出していて,それがコンクリートの地面にある1cm幅ほどの溝を伝って流れている場所があった。そこに緑色のものがあったので採集してみると,それは Cloniophora の塊だった。また,春日部市の牛島公園にある駐車場の地面はコンクリートでできているが,この片隅に水深わずか1cm程度の水たまりがあり,そこでは スピルリナ (ラン藻類)が大量に増殖していた。

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