原生生物の採集と観察 |
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4 ゾウリムシの培養と観察
3)ゾウリムシの観察
a. 生細胞の観察
生きたゾウリムシでは,上記のような収縮胞や繊毛・原形質流動の動きを観察することができる。また,墨汁やカーミンの粉末を与えてやると細胞口での食胞形成,および細胞肛門からの排泄の様子を見ることができる。適当な刺激(試薬処理または機械的な刺激)を与えるとトリコシストの放出が起きる。 しかし,いずれの場合も問題になるのは,ゾウリムシは繊毛運動により水中をさかんに泳ぎ回る,ということである。そのままでは顕微鏡下ではすぐに視野の外へ出てしまうので,上記の様々な観察がしずらい。そこで必要になるのが,ゾウリムシの遊泳行動を抑えて,顕微鏡の視野の中に留めておく方法である。 |
細胞の動きを止める方法
細胞の動きを止める方法は,1)外部に障害物を置いて遊泳を阻止する方法と,2) 試薬等で細胞を処理して繊毛運動を阻害し,遊泳しないようにする方法,の2通りに大別できる。 |
1) 外部に障害物を置いて遊泳を阻止する方法
障害物としては,粘調な溶液や寒天などを用いる。粘調な溶液中では繊毛が動いても細胞じたいは動けなくなる。あるいは,柔らかい寒天の表面に細胞を置いてカバーグラスをかけて,小さな狭い空間に埋め込んでしまえば細胞は動けなくなる。前者の場合に用いる試薬としては,フィコール,メチルセルロース,ポリエチレングリコール,ポリオックスなどがある。いずれも粘度の異なるタイプのものが色々用意されているので,粘度の高いものを選んで使用する。(ポリエチレングリコールはやや毒性があるので好ましくない,という情報もある) |
2) 試薬等で細胞を処理して繊毛運動を阻害する方法
これには,塩化ニッケル(NiCl)により細胞を麻酔(繊毛運動を阻害)する方法と,5%エタノール処理等で細胞から繊毛を抜いてしまう方法がある。前者の場合は, 培養液中に 最終濃度が0.1〜mM程度になるようにNiClを加えると,次第にゾウリムシの繊毛運動が弱まり動かなくなる。このときを狙って顕微鏡観察を行う。ただし,培養の状態によって NiClの効果の現れ方が異なるので,濃度や処理時間はその都度調整する必要がある。あまり高い濃度だとすぐに細胞が死んでしまう。逆に薄すぎると麻酔効果は現れない。 エタノールによる脱繊毛処理の場合は,培養液に最終濃度が5%になるようにエタノールを加え,その培養容器をはげしく振とうする。こうすると細胞から繊毛が抜けてしまうので,しばらくの間は細胞は動かなくなる(細胞が生きているかぎりやがて繊毛は再生する)。しかし,わずかでも処理が強すぎると細胞が死んでしまうので注意が必要である。 |
b. 化学処理による変化
トリコシストの放出 前述したように,細胞表層にはトリコシストと呼ばれる細胞内器官があり(前頁の写真),これが様々な刺激で内部のタンパク質(トリキニン)を放出する。放出されたトリキニンは棒状に伸びて槍のような構造に変化する。 実験的にはピクリン酸などで処理してトリコシストの放出を観察することが多いが,これだと細胞は死んでしまう。細胞を殺さずにトリコシストを放出させることもできる。それには Alcian Blueなどの色素や,その他殺さない程度に細胞表面に刺激を与える物質を用いる。また,機械的な刺激でも部分的な放出が起こる。 |
ピクリン酸で処理したゾウリムシ 細胞から多数のトリコシストが放出されている。野外採集をすると,このトリコシストが放出できない突然変異体がみつかることがある。 |
ピクリン酸処理で放出したトリコシスト(x 1000) トリコシストの先端は槍状をしている。突き刺さったら抜けないようにするためと思われる。 |
イオン刺激による遊泳行動の変化
ゾウリムシは,通常は協調的な繊毛運動により前進するが,ときどき繊毛運動が逆転して止まったり,後ろへ泳いだりする。これにより遊泳方向を変えて障害物から遠ざかったり,逆に誘因物質の周囲に集まる行動が起こる。 ゾウリムシを,約 10 mM程度の KCl を含むドリル氏液中へ移すと,繊毛運動が逆転ししばらくの間後方へ泳ぎ続ける様子が観察できる。 |
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