原生生物と日本産アリ類の広域画像データベース

2 インターネットと生命科学
  素材データベース構築の学術的意義

2-1 科学活動におけるインターネットの利用形態

 科学活動におけるインターネットの利用法としては,電子メール,ニュース,メーリングリスト,ニュースレター,電子ジャーナル,電子図書館等様々なものがある。これらは,機能面から基本的に2つのタイプに分けることができる。1つは,手紙,電話,学術雑誌といった既存のメディアが果たしていた役割を補完,ないしは補強するものである。電子ジャーナルやプレプリント交換は補完するどころか,やがては学術雑誌など既存のメディアを駆逐してしまうのではないかとさえいわれている(スティクス 1995)。  

 一方,従来のメディアでは果たせなかった新しい機能も生まれている。それが広域データベースである。広域データベースとはデータベース化した情報をネットワークを介して公開・共有しようとするものである。その特徴は,学術雑誌等既存のメディアが扱う研究情報だけでなく「その他」の情報まで含め,ありとあらゆる研究情報を扱える点にある。「その他」とは,論文には掲載しにくい詳細な内容の実験・観察データや,それ以外のなんらかの理由で既存のメディアに載せにくい情報などである。これらをデータベース化してネットワーク上で公開・共有しようというのである。

 生命科学分野における広域データベースとして,よく知られているのは遺伝情報データベースである。遺伝子研究分野では,世界中の研究者が解析した遺伝子配列データを共通のデータベースに登録し,ネットワークで公開して共同利用するという「情報システム」がすでに確立している。この遺伝情報データバンクは誰もが自由にアクセスして利用することができ,いまや遺伝子研究に欠かすことができない。

 とはいえ,遺伝情報は情報の要素がAGTCの4種のみと単純でコンピュータで処理しやすいので,データベース化もされやすかったといえる。一方,染色体その他の標本の写真やDNAの電気泳動像などは従来コンピュータでの処理が難しかったためデータベース化もされ難かった。しかし,コンピュータの処理能力の向上に伴い,近年は画像や音声などをディジタル化する技術が急速に進歩した。いわゆるマルチメディア時代の到来である。

 しかし,そのような急速な技術進歩に対する生命科学分野の対応は極めてにぶい。遺伝情報以外の学術情報(学術標本等)のディジタル化,そしてその広域データベース化はまだほとんど進んでいないといってよい。日本に比べて学術資料の電子化・データベース化が進んでいるはずの欧米においてさえ,標本画像などの広域データベース化に向けた動きは,まだごく一部で小規模に行なわれているにすぎない。遺伝情報のように,世界規模で組織的に行なわれているものは皆無である。

 その意味では,我々がネットワーク上で公開している「日本産アリ類カラー画像データベース」は,日本産アリ類の全種を扱い標本画像を中心として分類学の情報を網羅的にまとめたものであり,遺伝情報以外の分野では世界的にみても先駆的なものといえる。