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2012.05.13, Part VI

七宗第2トンネル手前〜益田街道を西へ

旧道はその先でトンネルを出た国道41号 益田街道に合流する(七宗町),09:27

国道41号 益田街道へ出る(七宗町),09:28

国道41号 益田街道を東〜北北東へ(七宗町),09:28

前方にふたたびトンネルが現れた(七宗町),09:30
これは七宗第2トンネル(のはず)。

国道完成記念碑があった(七宗町),09:31
「建設大臣 保利 茂 書」とある。保利氏が建設大臣だった期間は1967.11.25〜1968.11.30(Wikipediaより)なので, この国道41号 益田街道が出来たのがその頃ということになる(が・・・)。 ちなみに1968.8.18にはこの近くで飛騨川バス転落事故が起きている。 ということは,この石碑が出来たのはそれより前?だと思うのだが,,。どうなのだろう?

その先にある「天然記念物,飛水峡甌穴群,昭和36年7月6日指定」と彫られた石碑(七宗町),09:31

石碑の隣に立つ案内板(七宗町),09:31
タイトルは「天下の奇勝 飛水峡の『甌穴』」。 下段には「文部科学省・七宗町教育委員会」とあるので,それほど昔ではなさそうだ。 文部科学省ができたのは2001.1.6,なので。

七宗第2トンネルの少し手前に上流側が見通せる場所があった(七宗町),09:32
1〜3枚目:パノラマ撮影。 2枚目:この先の川岸の様子。崖際まで草が生えているものの,水たまりは無さそうだ。 あったとしても傾斜しているので近付くのは危険だ。 さきほどの七宗第1トンネルと同様,七宗第2トンネルの脇にも旧道があるはずだが, これ以上,先に進んでも採集ポイントはなさそうに思えたので,今回はここでUターンすることにした。
帰宅してから Google mapの航空写真を確認したところ,あの草地の先には岩肌が露出した場所があるようだ。 さきほどの「甌穴群散策路」のように岩盤(岩石段丘)へ降りられるかはわからないが,多少は水たまりがあるかも知れない。 次回。航空写真を見るかぎり「甌穴群散策路」よりも岩盤上に草木が多く茂っているようだ。
1,2枚目:対岸を見ると,岩石段丘の上には何本も木が生えている。 その少し上を車道と鉄道(高山本線)が平行して通っているが,ここから見るかぎり段丘面へ降りられる場所はなさそうだ。

国道41号 益田街道を西南西〜西へ(七宗町),09:33

右手に上麻生橋が見えてきた(七宗町),09:34

七宗第1トンネルが迫る(七宗町),09:35-09:36
往路と同様,トンネル脇の旧道(廃道)へ。

トンネル入口近くに建つ建物(七宗町),09:36
2枚目:「国土交通省,七宗第1,第2トンネル通信所」とある。

七宗第1トンネル脇の旧道を西へ(七宗町),09:37-09:38
今度は日当たりの良い場所で咲いていた タニウツギWeigela hortensis)を撮影。

前方でふたたび国道41号 益田街道に合流する(七宗町),09:39

国道41号 益田街道を西へ(七宗町),09:39-09:40

上麻生橋の袂を通過(七宗町),09:40

国道41号 益田街道を西〜西南西へ(七宗町),09:41-09:43

国道41号 益田街道を西〜西南西へ(七宗町),09:44
1枚目:大きな電光掲示板があった。 2枚目:先へ進んでから振り返って撮影。 「これより白川町河岐までは,連続雨量150mm又は換算連続雨量100mmを越えると通行止になります。」とある。 かつての飛騨川バス転落事故(1968.8.18)の後に設置されたものだろう(おそらく)。

Part VII: 〜七宗橋〜日本最古の石博物館
2012.05.13, 09:45 - 10:04