原生生物の採集と観察
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2 原生生物の観察法

3)テーマ別観察法
 つぎに,どのような生命現象の観察にどの原生生物が向いているかを紹介する。原生生物は単細胞であるため,基本的には,細胞レベルの生命現象を観察するのに適しているが,各生物群ごとに観察しやすい生命現象の種類は異なる。

細胞運動・原形質流動
 真核生物である原生生物は,ほとんどのものが生活環のどこかの時期で遊泳行動や細胞体の変形運動(ユーグレナ運動,一部の繊毛虫にみられる細胞体の収縮運動など)などの細胞運動を行なう。また,一部では活発な原形質流動の様子も観察できる。
 緑藻類の中のクロレラ類は,通常は浮遊生活を送るのみで,遊泳もしないし,細胞内での原形質流動もほとんど観察できない。しかし, クンショウモ (Pediastrum)など群体を形成するグループでは,細胞分裂直後の娘細胞には鞭毛があり遊泳行動がみられる。遊泳しながら互いの位置関係を調整して最終的に親と同じ形の群体が形成されると鞭毛は消失し細胞の運動も止む。ただし,この過程は主に夜間に行なわれる上,娘細胞はかなり小さいので観察するのはやや難しい。
 大型の接合藻類( ミカヅキモアオミドロ )や大型の珪藻類では,細胞を拡大して観察すると,内部で盛んに原形質が流動している様子が見える。また,既述したように,珪藻類は光学顕微鏡下で活発に滑走運動をする様子が観察できる。ミカヅキモも細胞の移動を行なうが,非常にゆっくりとしているため,顕微鏡下では動いているようには見えない。しかし,1日たつと前日と違う位置に移動していたり,細胞が移動したあとにゼリー状の分泌物が残るためそれが軌跡として観察できることがある( C. acerosum )。また,明るい場所に集まっていることもある。

  クンショウモ(Pediastrum boryanum)
親のコロニーから多数の娘コロニーが誕生している。左中央には娘細胞が集まってできたばかりでまだ角が形成されていないコロニーが見える。
 「原生動物」は当然ながらいずれも活発に細胞運動(遊泳行動,細胞体の変形運動,原形質流動など)を行なう。既述したように,繊毛虫類は遊泳速度が速すぎるため,顕微鏡で観察する際は,いかにして遊泳を抑えるかが問題になるほどである。 ツリガネムシスピロストマム などの仲間は刺激を受けると細胞体が収縮する。
 原形質流動は,繊毛虫類でも活発に起きているが,細胞体じたいがさかんに移動するため,そのままでは原形質流動は観察しずらい。例外は,ツリガネムシの仲間である。固形物に付着して生活するツリガネムシは,細胞体が移動しないので原形質流動を観察しやすい。
 もっとも活発に原形質流動が起きているのは,やはりアメーバ類であろう。ただし,アメーバ類の場合は,原形質流動の流れに沿って仮足が形成され,それが細胞体の変形,そして最終的に細胞運動へとつながっているのが他の生物と異なる点である。

細胞分裂
 細胞分裂も当然ながらすべての原生生物にみられる現象である。ただし,細胞分裂は種類によって1日に何回も起こるものもあれば数日に1回程度しか起きないものもある。分裂そのものは比較的短時間で終了するので,細胞が少ない場合は観察できる可能性は低くなる。
 また,上述のように,藻類の多くは夜間に分裂するためたくさん細胞がいても昼間には分裂がほとんど観察できない。ただし,接合藻類は分裂がかなり長時間をかけて起こるため,昼間でも分裂中の細胞に遭遇することがある。 アワセオオギ (Micrasterias)など複雑な形をしたものは,分裂後,一日以上かけて複雑な形が完成する。
 繊毛虫は遊泳しながら分裂するため,分裂中の細胞にであっても連続して分裂の様子を観察するのは難しい。しかし,分裂中の細胞は他の細胞に比べて遊泳が活発ではないので,試験管培養をすると試験管の底に分裂中の細胞がたくさん集まるようになる。そのため,そこを狙えば分裂中の細胞を探しやすい。
 繊毛虫は細胞表層に細胞口や複雑な形の構造があるが,分裂の際にこれらがどのようにして「複製」されるかに興味がもたれ,長年研究されている。また,繊毛虫の中には,特殊な分裂をするものがいる。 ツリガネムシ 類は分裂の際,片方の細胞が柄を離れて泳ぎだす。吸管虫と呼ばれるグループは野外では比較的希だが,分裂は「出芽」と呼ばれる特種な形式をとる。 Tokophrya などでは分裂後の片方の細胞がもとからあった細胞の中にできる(内生芽という)。分裂終了後,この内部にできた細胞はもとからあった細胞にあいた孔から出て繊毛を使って遊泳する。しばらく遊泳すると固形物に付着するようになるが,その後,繊毛が消失し,吸管虫特有の形態に変化する。

アワセオオギ(Micrasterias crux-melitensis )の分裂
分裂は「半保存的」に起こる。中央のくびれ部分から分裂が始まり,それぞれの分裂面から新しい半細胞(くびれ部分で分けた細胞の半分)が形成される。新しくできつつある半細胞は当初薄い膜で囲まれている。この中で,半細胞が成長して片側にあるもとからあったものと同じ形の半細胞ができる。2つの娘細胞は,互いの半細胞が完成するまで接着していることが多い。
 分裂を観察しやすいのは,アメーバ類である。アメーバ類は,分裂期に入ると細胞が丸くなり移動しなくなる。そのため,顕微鏡下で連続して分裂の様子を観察することができる。ただし,この場合,観察中にアメーバのいる培養液が乾燥しないようにする工夫が必要である(後述)。有殻アメーバの場合は,最初に新しい殻を作ってから,そこに分裂した片方の細胞が入る。
 アメーバ類は分裂時に丸まるため分裂方向に縦横の区別はないが,繊毛虫や藻類(縦長のもの)は横方向に分裂が起こる。反対に,縦方向に分裂するのがミドリムシ類である。 ミドリムシ は大量培養しやすいので,たくさんの細胞の中から探せば縦分裂中のものを観察できる。

  トコフリア(Tokophrya lemnarum)の分裂
もとからあった細胞の内部にできた新しい細胞(娘細胞の片方)が外へ出ようとしている。

   アルケラ(ナベカムリ,Arcella)の分裂
分裂前に新しい殻を外部に作りつつある様子。古い殻と新しい殻の間を何度も細胞質が行き来する。

食べる&排泄する
 食作用(phagocytosis)により餌を食べたり,その未消化物を排泄する様子は,藻類やミドリムシの一部を除いて,多くの原生生物で観察することができる。食作用や排泄(あるいは分泌)現象は原形質流動をともなうので,広い意味では細胞運動の一形態といえる。
 食作用がもっとも観察しやすいのは,やはり アメーバ・プロテウス (Amoeba proteus)であろう。A. proteusは動きがゆっくりとしている上,餌となる生物も ゾウリムシテトラヒメナキロモナス など比較的大きなサイズのものが多いので,食作用によって起こる様々な変化を観察しやすい。

   バンピレラ(Vampyrella)
アオミドロを食べて生活する。食べた後しばらくは細胞質内が赤く染まる。一見すると太陽虫のようにも見えるが,放射状に伸びているのは,軸足ではなく糸状仮足である。
 ただし,その食べる瞬間から連続して観察するとなると話は別である。とくに ゾウリムシアメーバ が好む餌ではあるが,細胞が大きく活発に遊泳することもあって,ゾウリムシがアメーバの食椀(food cap)で囲まれる機会は非常に少ない。また,途中まで食椀で囲まれてもゾウリムシは後方に泳ぐこともできるため,逃げられてしまうこともしばしばである。一方,無菌培養した テトラヒメナ は,餌として与える際にアメーバ培養用の塩溶液で洗ったものを与えるが,塩溶液で洗った直後のテトラヒメナは細胞遊泳が不活発になり,培養器の底で休むものが多くなる。このため,アメーバはそれらを狙って食椀で取り囲み,ほぼ確実にテトラヒメナを捕食することができる。したがって,A. proteusで食作用を観察する場合は,無菌培養したテトラヒメナが餌としては最適である。
 先に紹介したアメーバの仲間である Vampyrella (糸状根足虫類)は, アオミドロ などの糸状接合藻類を専門に食べるが,その際は,アオミドロの細胞壁に丸い穴を開けて内部の細胞質をいっきに飲み込んでしまう。その様子をビデオ撮影し公開しているのでご覧いただければ幸いである。

 動画のURL: http://ameba.i.hosei.ac.jp/BIDP/amoeba/QuickEate/
 静止画のURL: http://protist.i.hosei.ac.jp/PDB/Images/Sarcodina/Vampyrella/lateritia_2.html

 繊毛虫はすべて従属栄養のため,様々な形で餌となる他の生物を捉え細胞内に取り込んでいる。 ゾウリムシツリガネムシ は主にバクテリアを餌として生活しているが,餌となるバクテリアは細胞口から繊毛運動による流れとともに細胞内に取り込まれる。取り込まれたバクテリアは食胞と呼ばれる袋の中で序々に分解される。食胞は細胞内を原形質流動とともに移動しやがて細胞肛門から未消化物を排泄する。

     エピスティリス(Epistylis hentscheli)
ツリガネムシの仲間でミジンコなど甲殻類の背中に柄で付着
して生活する。柄は収縮しないが,細胞体は収縮する。

食事中のナスラ(Nassula)
ユレモが細胞口から内部へ
取り込まれる連続写真。

 バクテリアよりも大きな餌を捕食する繊毛虫も多い。餌となるのは,藻類,珪藻,他の繊毛虫などで,中には多細胞生物のワムシを食べるものもいる( Loxophyllum の一部など)。 Frontonia は自分の倍近くある餌生物を丸呑みにしてしまう。また,食べるための特殊な装置を発達させているものもいる。その代表が ディレプタス (Dileptus)である。Dileptusは細胞の先端部が長く伸びて象の鼻のような形をしている。ここに他の原生生物が接触すると鼻の縁から毒針が出て接触した生物を殺してしまう。それを鼻の付け根にある細胞口で丸のみにするのである。 Dileptus の仲間を毒胞類(あるいはリトストマ綱)というが,このグループは類似の方法で獲物を捕獲して食べるのが特徴となっている。先に紹介した吸管虫類はさらに特殊化している。吸管虫は細胞体の周囲から突き出した触手で獲物をとらえ,触手が吸管となって獲物の体液を吸い取ってしまう。また,土壌繊毛虫の代表である ナスラ (Nassula)は糸状のユレモを食べるために,細胞口が特殊な箭状の構造をしている。これでユレモの表面を移動して先端部から連続的に飲み込んでいく様は圧巻である。
 ミドリムシの一部も捕食用の特殊な装置を持つ。 PeranemaEntosiphon などでは,細胞先端部にある鞭毛の付け根の近くにsiphonと呼ばれる特殊な摂食器官がある。Peranemaはこれを獲物に突き刺してその原形質を吸い取ってしまう。

 以上のように,原生生物の多くは様々な方法で餌となる生物を食べるが,食べた後は,当然未消化物を排泄しなければならない。アメーバ類は移動しながら細胞の後端部から未消化物を置き去りにする形で排泄を行なう。繊毛虫の場合は,たとえばゾウリムシは細胞口のやや後方に細胞肛門があり,ここから未消化物を排泄する。他の繊毛虫もほぼ同じだが細胞肛門は細胞の後端部にある場合が多い。
 排泄と同様,細胞内にあるものを外に出す作用(exocystosisという)としては,多くの原生生物に見られる収縮胞の運動や繊毛虫やクリプト藻類に見られるトリコシスト(毛胞)の放出がある。収縮胞は,緑藻類の一部( クラミドモナスボルボックスヨツメモ 類)とその他の原生生物に広く存在するが,観察しやすいのはやはり細胞が大型の繊毛虫類であろう。ただし,繊毛虫は活発に移動するので,既述したように,観察する際には,なんらかの方法で細胞の遊泳を止める必要がある。これも既述したが,細胞をカバーガラスで押さえて扁平にすると,細胞の内部や表層の様子が観察しやすくなる。収縮胞の場合も,収縮胞から放射状に伸びた管や,収縮胞の上にあり水の出口となる小さな孔も見ることができる。

 ゾウリムシの収縮胞と放射管
 上の収縮胞の中央に排出用の孔が見える。
 トリコシストは,クリプト藻類にもあるが小さくて光学顕微鏡でも観察するのは難しい。繊毛虫のトリコシストはかなり大きいので観察しやすい。細胞が大きなものほど大きなトリコシストを持つ( Frontonia )。ゾウリムシなどバクテリアを食べる繊毛虫では機械的刺激や化学刺激によってトリコシストの放出が起こる。トリコシスト以外にも繊毛虫類では様々なものを細胞の外に放出することが知られている(これらを総合して突出体という)。トリコシストの替りに粘液を出したり,上記のように他の繊毛虫などを捕らえる道具(毒胞)として使っているものもいる( ロクソフィルムディレプタスディディニウムなど)。

有性生殖
 有性生殖は原生生物では比較的限られたグループでのみ観察される。アメーバ類やミドリムシでは有性生殖が観察されないことはよく知られているが,他の多くのグループ(たとえばクロレラ類)でも有性生殖は観察されない。有性生殖の観察材料として知られているのは,繊毛虫類と緑藻類の クラミドモナスボルボックス類, および ミカヅキモアオミドロ などの接合藻類などである。
 ゾウリムシは接合をすることでよく知られている。野外から採集してきたサンプルの中で偶然接合している様子が観察できることもあるが,培養したゾウリムシで接合を誘導するとなると,かなり面倒な作業が必要になる。それは,通常の実験に用いる培養法は富栄養条件になるため,雑菌の混入があると細胞がダメージを受けて接合能を失ってしまうことが多いからである。また,当然ながら相補的な接合型(雄雌に相当)の系統がいなければ接合は誘導できない(特殊な方法で単一の系統で誘導することも可能であるが,,)。ゾウリムシの接合については,4章で詳しく解説する。

  ミカヅキモ(Closterium cornu)の接合
寄り添った細胞どうしが分裂をし,その後で両者の細胞質が殻の外へ出て融合が起こる。
 藻類の場合, クラミドモナス の仲間は,既述したように野外採集したサンプルから単離して培養することじたいが大変なので,実験室で長年培養され接合することがわかっている系統がないと有性生殖を観察するのは難しい。ただし,無菌培養したものがあれば,貧栄養状態に移行させることで単一の系統内で接合を誘導することも可能である。
 アオミドロやミカヅキモも野外から採集したものが培養器の中で自然に接合していることがある。しかし,意図的に接合させるとなるとそれなりに準備が必要になるのは他の場合と同じである。

細胞内共生
 「共生」という言葉は近年非常によく使われるようになったが,生物学では,共生,とくに「 細胞内共生 」が生物進化における重要な研究テーマとなっている。真核生物がミトコンドリアや葉緑体の細胞内共生によって誕生したことはすでによく知られているが,それだけでなく,真核生物誕生以後も原生生物界では,多くの生物群が,細胞内共生によって誕生したことが次第に明らかにされつつある。
 細胞内共生は過去の出来事だけではなく,今現在も様々な原生生物の間で起きている。繊毛虫類ではクロレラを共生させた ミドリゾウリムシ (Paramecium bursaria)がよく知られているが,クロレラ様の藻類を共生させている繊毛虫はミドリゾウリムシだけに限らない。これまで観察したかぎりでは, ラッパムシクリマコストマム, スピロストマム, プロロドンフロントニアツリガネムシコルポダ で共生藻が見られた。繊毛虫だけでなく,太陽虫( Acanthocystis )や肉質虫( Mayorella ,右図)でも共生藻をもつものがいた。これらについては,以下のURLで画像を公開している。
 http://protist.i.hosei.ac.jp/PDB/Images/Subjects/Endosymbiosis.html

 マヨレラの一種(Mayorella viridis)
細胞質中に共生クロレラがいる。他の藻類(クロロゴニウムなど)を餌として増殖するが,餌がなくとも光があれば長期間生き延びることができる。
 また,共生クロレラ以外にも細胞内共生の事例は他にも数多く知られている。例えば,灰色植物は,ラン藻の一種が Oocystis 様の緑藻類の細胞内に共生したものであることが知られている。また,従来,クロララクニオン藻と呼ばれていた葉緑体をもつアメーバ状の海産藻類が,近年の分子系統解析により肉質虫類の有殻糸状根足虫( Euglypha など)に藻類が共生したものであることが明らかにされている。同じ有殻糸状根足虫の一種, Paulinella chromatophora には,細胞内にリボン状のラン藻類が共生していることが以前から知られている。

灰色植物,Glaucocystis nostochinearum
 下の細胞は壊れていて,内部の共生ラ
ン藻が飛び出しているのが見える。

Paulinella chromatophora
殻の中にいるアメーバ細胞の内部に
細長く彎曲したラン藻が見える。

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