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2007.12.09, Part IX

正喜橋〜鉢形城跡

陸橋を渡り終える(寄居町), 15:01
反対側(南側)も同様。橋の上の歩道は途中までで,あとは階段を降りる。

ここで右折(寄居町), 15:03
前方を横切るのは寄居駅の南側を東西に走る道路。ここで右折する。

右折した後,駅入口交差点のところで左折しようとしたが,駅前通りがかなり幅の狭い道路(後出)のため, その交差点に気づかずに通り過ぎてしまった。その一つ先の交差点で左折し,正喜橋へ向った。 この間,慌てていたのと,交通量の多い狭い道だったので,写真を撮る余裕がなかった。

正喜橋を渡る(県道30号 飯能寄居線,寄居町), 15:08-15:09
1枚目:なんとか正喜橋の手前まで到達した。 2枚目:橋を渡る途中,下を流れる荒川の下流側を撮影。 前方に見えるのは東武東上線の鉄橋。ちょうど列車が通っているところだった。 3枚目:正喜橋は車道と人道が別になっている。渡りやすい。

史跡 鉢形城跡に到着(寄居町), 15:09-15:10
1,2枚目:橋を渡り終えたところで右折すると,そこに鉢形城跡の東端があった。 3枚目:広場には鉢形城跡の案内図と, 4枚目:「地形模型」(案内図による)があった。

鉢形城跡の案内図(寄居町), 15:11
案内図に近付いて西側(1枚目)と東側(2枚目)を撮影。 西側にはかつての堀跡のような場所がたくさんあるが,東側にも「伝御殿曲輪」という場所の隣に堀跡のようなものが描かれてある。 とりあえずそこへ行ってみることにした。

鉢形城跡,伝御殿曲輪へ?(寄居町), 15:12
1枚目:しばらく坂を上がる。 2枚目:この辺から先が伝御殿曲輪(でんごてんくるわ)らしい。

鉢形城跡,行き過ぎた(寄居町), 15:14
どの辺に堀跡らしい場所があるのかと右を見ながら自転車を走らせている間に交差点に来てしまった。 上の案内図によればここよりも手前にその堀跡があるはず。

鉢形城跡,伝御殿曲輪へ?(寄居町), 15:14-15:15
1枚目:交差点の前で向きを変え元来た方向を撮影。 2枚目:少し先に左手の丘に上がる階段があった。ここから中へ。

鉢形城跡,伝御殿曲輪?(寄居町), 15:15
1,2枚目:落ち葉の降り積もった坂道を上がっていく。

鉢形城跡,伝御殿曲輪へ?(寄居町), 15:15-15:16
1,2枚目:パノラマ撮影。案内図によればこの辺が「堀跡?」のはずだが,,。 何もない。立ち木が少ないのでかつては何かがここにあったのだろう。

鉢形城跡,鉢形城本丸址(寄居町), 15:17
先へ進むと「鉢形城本丸址」の石柱が立っていた。この辺が鉢形城の中心部のようだ。 この先は崖になっているようだ。近付いてみる・・・。

鉢形城本丸址近くからの眺め(寄居町), 15:17
柵の手前から左前右を撮影。この先はかなり急な崖になっているようだが, 1枚目の画像を見ると柵の先にも道らしきものが続いている。 恐くてとても近付けなかったが,先がどうなっているか若干気になる。 もしかすると急な坂でもあるのかも・・・。

元へ戻る(寄居町), 15:19-15:22
1枚目:あきらめて車道へ戻る。 2枚目:さきほどの交差点へ進み,堀割りがあるらしい前方の道へ進んでみることにした。

鉢形城跡,二の曲輪(寄居町), 15:23
少し行くとこんな景色が(パノラマ撮影)。 撮影しなかったが,道の反対側には堀跡があったが,水はなかった。 すべて芝生に覆われていた。

鉢形城跡,大手付近(寄居町), 15:25
更に進むとJR八高線近くの大手付近の堀跡があった。 画像は振り返って撮影。前方左手に見えるのはさきほど撮影した「二の曲輪」。 ここには水があった。鳥もいたが,周囲は柵に囲まれているので水辺に近付くことができない。

JR八高線の踏切,今回はここまで(寄居町), 15:26
1枚目:堀の先にはJR八高線の踏切(第五立原踏切)があった。 この先へ進むと遠回りして駅に戻らなければならない。 先には堀跡はないはずなので,用心してここから元来た道を引き返すことにした。 2枚目:同じ場所から右側を撮影。線路はこの先で右にカーブしつつ荒川を渡って寄居駅へ向かう。

駅へ戻る(寄居町), 15:27-15:28
1枚目:180度向きを変えて前方を撮影。道路の左側にあるのは諏訪神社。 2枚目:「二の曲輪」の脇を通って寄居駅へ向かう。

Part X: 鉢形城跡〜寄居駅
2007.12.09, 15:29 - 16:24