原生生物の採集と観察
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6 補 遺

1:赤エンドウ豆による培養法
 ここでは筆者が考案したアカエンドウマメ培養法の詳細を解説する。この培養法は,基本的にはレタスジュース培養におけるレタスジュースをアカエンドウマメの浸出液に置き換えたものである。
 特徴としては,アカエンドウマメは乾物なので,原材料であるマメのまま,あるいは,マメをオートクレーブして作る浸出液(後述),いずれの状態でも室温で保存できる点にある(レタスジュースの場合,原材料となる葉レタスは生野菜なので新鮮なうちに茹でてミキサーにかけ絞り汁を作り,これを三日間,間欠滅菌する必要がある。また,完成したレタスジュースは冷蔵庫で保存しなければならない)。
注:この培養法は,単離したゾウリムシを富栄養条件で餌バクテリアのみを与えて行なうもので,大量に細胞を必要とする実験用である。

材料:
   赤エンドウ豆 1合 120円位 
   スティグマステロ−ル(5mg/ml: EtOH)
   脱イオン水
   餌用バクテリア Klebsiella pneumoniae
   Na−リン酸緩衝液(ドリル氏液からCaCl2を除いたもの;組成は後述)
   CaCl2溶液(別途滅菌し,上記のリン酸緩衝液に餌バクテリアとともに加える)

ステップ1:赤エンドウ豆エキスの作成
 赤エンドウ豆,約20 gをフラスコ(容量1リットル)に入れ,脱イオン水(もしくは蒸留水)を600〜700mlほど加える。これに100% EtOHに溶かしたスティグマステロ−ルを約4 ml,フラスコをかきまぜながら加える。かきまぜながら加えるのは,スティグマステロ−ルは,水に不溶性なのでなるべく細かい粒子として分散させるためである。フラスコは直ちに白濁するが,このままオ−トクレ−ブ(加圧滅菌)する。

 (左;滅菌前,中;オートクレーブした原液,右;バクテリアを接種する前の培養液)  
 このときリン酸緩衝液(後述)を混ぜてオ−トクレ−ブすると,豆がくずれず,中の養分が十分外に溶けださない。そのため,緩衝液の添加はエキスを希釈する際に行う。オートクレーブした後の豆エキスは室温で長期間保存可能である。

ステップ2:培養液の作成
 赤エンドウ豆とスティグマステロ−ルが入ったフラスコはオ−トクレ−ブ後,しばらく(一日あるいはそれ以上)放置して,エキスと固形成分を分離させる。その後,ガ−ゼを使い(なるべく厚く重ねる。8枚以上),上澄みのエキス部分のみを丁寧に漉し取る。このとき固形成分が多く混入すると培養に悪影響がでるので,フラスコの底に沈澱した固形成分は濾さずに捨てる。そのため,漉し取ったエキスの量は 500 ml程度に減るが,この液にリン酸緩衝液(後述)を 128mlを加えた後, DWを加えて800 mlの原液(赤エンドウ豆エキス)とする。
 この原液 を新しいフラスコに100 mlずつ小分けし, 各々に脱イオン水を加えて希釈し 800 mlとし,再びオ−トクレ−ブする。滅菌した培養液は室温で長期間保存できる。

ステップ3:使用前に餌用バクテリアと塩化カルシウムを加える
 培養液をゾウリムシに与える際には,これにスラント培養したバクテリアと滅菌したCaCl2(後述)を加え,約1日後に使用する。
 この際,最も注意しなければならないのは,バクテリアとCaCl2を加える時に雑菌の混入(通称コンタミ)を防ぐことである。コンタミは,おなじバクテリアなので見た目ではわからない。そのまま培養液として使い続けると,次第に培養状態が悪化し,実験に使えなくなる場合もある。培養液作りは,できうる限りコンタミが起きにくい状態で行なうことが望ましい。

関連情報
1)えんどう(あかえんどう)
 Pisum sativum L. var. arvense Poir.[まめ科]
 ヨ−ロッパ原産で畑に栽培される越年草本で,秋に種子をまく。茎は高さ1m内外,円柱形で無毛,中空で直立する。葉は互生して葉柄があり,葉質はやわらかく,1〜3対の小葉をもった羽状複葉で,先端は分岐した葉ひげとなり,茎が直立するのをたすける。豆果は線状長楕円形,種子は5個くらい生じ,やや4稜があり,褐色で食べられる。[日本名]エンドウは漢名,豌豆の音よみである。現在一般にエンドウというのは,花が紫色の本種と,白色花をもつシロエンドウの両方を指す。農業品種としてはシロエンドウの他に,アオエンドウ(グリ−ンピ−ス)サヤエンドウがあり,広く栽培されている。古名ノラマメ。

 
 種としては,いわゆるグリーンピースと同じ Pisum sativumに属する。品種が違うだけのようだが,グリーンピースは培養用には適さない。グリーンピースを使うと餌バクテリアを接種する前の培養液が,アカエンドウマメの場合のように透明にならず,沈殿物ができる。そして,これにバクテリアを接種してゾウリムシに与えた場合,アカエンドウマメほど増えなかった。
 アカエンドウマメは乾物屋で入手できる。多くは輸入品で輸入先も様々である。また,同じアカエンドウマメでも実際には購入の都度,微妙に性質が変化するので,アカエンドウマメの中にも細かな品種の違いがあるようである。

2)Na−リン酸緩衝液の組成
 これは,前述したドリル(Dryl)氏液から Ca成分を除いたものの 50倍原液である。使用時に希釈して使用する。Caを別に滅菌するのは,Ca を加えたままで滅菌するとCaとリン酸が反応してリン酸カルシウムの沈澱ができてしまうためである。

              (最終濃度)
     クエン酸ナトリウム 100mM(2.0mM)  29.4g/l
     リン酸1ナトリウム  30mM(0.6mM)   4.7g/l
     リン酸2ナトリウム  70mM(1.4mM)  12.5g/l
                            (pH 7.0)

     #Caは,下のものを6ml/800mlの割合で滅菌後に加える。
      CaCl2    200mM(1.5mM)  22.0g/l

 カルシウム液も事前に滅菌しておく。筆者は,一回分ずつをスクリューキャップ付試験管(16×125mm)に分注して滅菌し保存している。こうすると,大容量で保存しておく場合に生ずる操作過程でのコンタミをなくすことができる。

3)餌バクテリア用の斜面寒天培地(スラント)
 ゾウリムシの餌生物となるバクテリア(Klebsiella neumoniae)は,試験管内に作成した斜面寒天培地で継代培養している。この斜面寒天培地は,バクテリアの培養液(前述の L-brothの他なんでもよい。Klebsiellaは大腸菌と同様,最小培地でも生育できる)に寒天を1.5 %加えたものを溶かし,これを適量試験管にいれて,栓(*)をした上で滅菌する。滅菌後,試験管を斜めにして寒天を固まらせることで斜面培地となる。完成した斜面培地は,室温で長期保存が可能である。
 使用の際は,これに白金耳でバクテリアを移植して培養する。室温において一晩たつと白金耳でなぞった後にバクテリアのコロニーが線状に現われる。これに培養液を少量,あるいは一緒に加える予定のカルシウム液を加え,バクテリアを白金耳を使って懸濁させた上で,その懸濁液を培養液に入れる。
*栓としては,綿栓が古くから使われてきたが,最近では,シリコン性のものがよく使われるようになっている。いわゆる「シリコ栓(シリコンをスポンジ状にしたもので,通気性がある栓)」が手頃だが,シリコン性のダブルキャップ(折り返しのついた栓)でも構わない。

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