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2008.05.04, Part VII

赤井谷地(西縁)

赤井谷地西縁,旧耕地脇を北へ(会津若松市湊町赤井,13:25-13:26
1〜4枚目:林沿いの道に入ったところで北〜東〜南方向をパノラマ撮影。 手前に広がる湿地は,かつての水田跡(ここも耕される前は湿原の一部だったのだろうが・・・)。 その先にある樹木のさらに先が自然のままの赤井谷地のはずだが,,,。 ここからは樹木に遮られて見えない。 4枚目:さきほど通ってきた道。道の左脇に「湿原内立入禁止」の白い看板が小さく見える。

注:現在いる場所は会津若松市湊町赤井だが,この少し先で, 水路(新四郎堀)とその西側が河東町八田で,東側が会津若松市湊町赤井になる。

赤井谷地西縁,旧耕地脇を北へ(会津若松市湊町赤井),13:26
少し進んで再度,パノラマ撮影。 ここはだいぶ水がある。しかし,周囲にはかつての田圃の畦が残っている。 あきらかにここはつい最近まで水田だったことがわかる。

赤井谷地西縁,旧耕地脇を北へ(会津若松市湊町赤井 or 河東町八田),13:28
さらに進むと乾いた場所もあった。

赤井谷地西縁,湿原?内へ向う道があった(会津若松市河東町八田?),13:28
脇道があった。ここもおそらく水田だった時代の畦道の名残りだろう。 とりあえず入ってみる。

赤井谷地西縁,湿原?へ向う道(会津若松市河東町八田 or 湊町赤井),13:29
右折した後の様子。前方で道が消えているようにみえるが・・・。

赤井谷地西縁,湿原?へ向う道(会津若松市河東町八田 or 湊町赤井),13:30-13:31
道のあちこちにカキドオシGlechoma hederacea var. grandis)が咲いていた。

赤井谷地西縁,湿原?内へ向う道は水路で行き止まりだった(会津若松市河東町八田 or 湊町赤井),13:32
さきほどカーブする途中でみた水路(新四郎堀)によって遮られていた。 水路の手前で左前右を撮影。 水路の先は潅木が生い茂っているが,以前は水路の両脇とも水田だったようだ (樫村著,尾瀬ケ原と赤井谷地,歴史春秋社,2000,p.147)。

赤井谷地西縁,湿原?内へ向う道は水路で行き止まりだった(会津若松市河東町八田 or 湊町赤井),13:33

赤井谷地西縁,途中の旧用水路で採集(会津若松市河東町八田 or 湊町赤井),13:34-13:35
引き返す途中,道脇の水路跡?で採集(赤井谷地の西縁,旧用水路)
観察された生物: クリプトモナス(Cryptomonas), ラッパムシ(Stentor igneus), フロントニア(Frontonia depressa), シヌラ(Synura), トリボネマ2種(Tribonema), 珪藻各種, アオミドロ(Spirogyra), ミカヅキモ( Closterium cynthiaC. macilentum?, C. ralfsii), ワムシ,

赤井谷地西縁,再び北上(会津若松市河東町八田?),13:36

赤井谷地西縁,ここは北西にある溜池の近くのはずだが・・・(会津若松市河東町八田),13:38
また右へ入る道があったが・・・。 地図によるとこの近くに溜池(注)のような場所あるはずだが,ここからはそれらしいものは見当たらない。 とこの時は思ったが,後日,航空写真で確認すると赤井谷地の北西にある溜池はまだまだ先だった。 また,この道路沿いからは遠く東に離れていて近付けそうにない。

注:前出の新四郎堀が作られた際,水源となる赤井川の水量不足を補うために作られた溜池らしい (樫村著,尾瀬ケ原と赤井谷地,歴史春秋社,2000)。

溜池の南側を通るはずの土手道?へ(会津若松市河東町八田),13:38
ここもほとんど道は消えかかっているが・・・。

溜池の南側を通るはずの土手道?(会津若松市河東町八田),13:39

ここも行き止まりだった(会津若松市河東町八田),13:40
さきほどと同様,水路(新四郎堀?)によって遮られていた。

元へ戻り・・・(会津若松市河東町八田),13:40

赤井谷地の北を通る道路へ(会津若松市河東町八田),13:41
ここから先は草むした道だが,一応,続いているようなので行けるところまで進んでみることにした。

Part VIII: 赤井谷地(西縁)〜上強清水〜会津藩二十二士の墓
2008.05.04, 13:41 - 14:00