日本動物学会第70回大会(山形) 関連集会 インターネット懇談会 1999.9.26 17:00-19:00
学術情報をネット上で公開することによって何が変わったか,
ネット上で学術情報の公開を続けて行く上での問題点
月井雄二(法政大)
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2.何が変わったか? 

2-2. 科学のシステムに起きた変化

情報障壁の解消・利用者層の拡大

 科学の成果は人類の共有財産と言われるが,一般に各専門分野の学術雑誌は,その専門の研究者がいる大学の図書館にしかなく,これに一般の人がアクセスするのは容易ではない。したがって,現実には,科学の情報(学術雑誌)がある場所は限定されていて,一般からは物理的に隔離されているといえる。この原因のひとつは,従来の科学が印刷媒体を使って情報を伝達してきたことにある。印刷物の制作にはかなりのコストがかかるため,需要の少ない印刷物は制作部数が少なくなり単価が上がる,それでますます需要が減る,という悪循環に陥りやすい。このため,情報が伝達される範囲が必然的に限定されてしまうのである。

 これに対して,ネットワークを媒体として公開される学術情報は,その伝達範囲は地球規模であり,伝わる速度も速い。そして,理解できるか否かは別として誰でも自由にアクセスできるという特徴がある。そのため,利用者の数も多くなり,その利用の仕方も千差万別となる。

情報の生産・発信・保存システムの変化

 ネットワークが印刷や放送などのマスメディアと異なるもうひとつの特徴は,誰もが情報の発信者になり得ることである。これは,科学社会のシステムにも根本的な変化をもたらしている。すなわち,従来の印刷メディアでは,情報の生産者は研究者で,それを公の場に公開(=情報発信)するのは出版社,という社会的分業が成立している。ところが,ネット上では,情報の生産者である研究者が,同時に情報の発信者にもなれるのである。

 ただし,印刷メディアにおいては,情報が公開(発信)される前に,同僚評価(Peer Review)によってその学術的価値の評価がなされ,学術情報としての質が保たれているが,ネットワークでは,生産者と発信者が同一のため,発信される前の段階での品質管理は不可能である。そのため,玉石混交の状態になっている。

 また,発信された情報の学術的価値が発揮されるためには,次章で述べるように,その永続性が確保されなければならない。印刷物(学術雑誌等)の場合は,大学図書館等によって保管され,永続性が保証されている。しかし,ネット上で研究者がボランティア的に発信した情報については,それらを恒久的に「保存」する公的機関がない。そのためネット上で発信された学術情報はいずれは消滅する運命にあり,学術情報としての価値を発揮できない,という重大な欠陥がある(次章)。

表2 メディアとしての印刷とネットワークの違い
 一般的機能 印 刷 ネットワーク
 情報の送受信者 1 対 多 多 対 多
 情報の経路 一方向 双方向
 保存性 良い 悪い
 流通速度 遅い 速い
     
 学術メディアとしての機能 印 刷 ネットワーク
 情報の伝達範囲 狭い,閉鎖的 広い,開放的
 情報の利用者 専門家のみ
少ない
専門家〜一般
多い
 利用の目的 研究のみ 多目的
 情報の種類 研究成果中心 研究素材中心
 情報の生産 研究者 研究者
    発信 出版社 研究者,他
    保存 大学図書館等 なし

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