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Stentor pyriformis の 研 究
培養法の開発
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:培養法の開発(続き):

▼培養法の確立を目指して,,▲
限りなく蒸留水に近い低濃度の塩溶液(1/50KCM,導電率は 2 μS/cm)と 無菌培養したキロモナスを用いてなんとか Stentor pyriformis を継代培養できるようになった。 しかし,この2つの条件さえ揃えば,かならずうまく増殖するとはかぎらない。
細胞分裂速度が極端に遅く,培養に長時間を要するので,その間に起こるコンタミ(ワムシや菌類,細菌など) によってダメージを受けやすい。また,餌をやり過ぎたり,逆に餌をやらずに放置したり,塩溶液の交換を怠ったりすると, その影響がジワリジワリと現れてくる。気がついた時には,細胞が弱り(多くの場合,丸まって動かなくなる), 回復不能なダメージを受けてしまう。
S. pyriformis は,自然の状態では,広々した水環境の中で暮らしているので,環境条件はかなり安定している(と思われる)が, 実験室では同じ条件で培養するわけにはいかない。 シャーレという狭い空間の中で培養するしかないので,どうしても培養条件が急速に悪化しやすい。 それを防ぐには頻繁に餌と塩溶液の交換をするしかないが,そのような作業を毎日行うのでは大変である (かつ,それを1年以上継続するのはほぼ不可能である)。

そこで,かける手間を少なくして,安定した培養が継続できるように方法の改良を行うことにした。
これまでに様々な場所から採集した S. pyriformis の培養を試みたが, 1/50KCM+キロモナスだけで増殖を続けるものもいるが,中にはそれだと徐々に弱ってしまうものもいた。 その弱り方も様々で培養を初めてすぐに弱りはじめるものもいるが, 中には5,6回程度は元気よく分裂していたのに(かかる時間は半年以上),突然弱って最後は全滅してしまったものもいた。 これは,前に説明した実験室で培養を始める前の自然環境にいた時の影響が残っている間は分裂できるが, 5,6回分裂する間にその影響が消えてしまい,分裂できなくなるのではと考えられる。
1/50KCM+キロモナスだけでは栄養的に不十分な可能性があるのだ(中にはこれだけで分裂し続けているものもいるので, 話がやっかいなのだが,,)。 そこで色々な添加物を試した結果,現在のところは以下の2つの方法が多少なりとも有効であることがわかった(正確には,わかりつつある)。

A:1/50KCM+キロモナスにフルボ酸(商品名,カナディアンフルボMHE)を加えたもの
 フルボ酸は,植物由来の腐食質に含まれる有機酸の総称らしい(より正確には,腐食質からアルカリで抽出した後, 酸で沈澱する成分(フミン酸)を除いたものをフルボ酸と呼ぶようだ)。 フルボ酸には植物の生長を促進する効果があると考えられている。 S. pyriformis がいる湿原の池塘には当然ながら,このフルボ酸が大量に含まれると推測できる。 なので,これを加えれば多少とも生息環境に近付けられると期待して使用している。 これを加えると,導電率はほとんど変化しないが,加えなかった場合に比べて雑菌の増殖が抑えられた (注1)。 その他の効果ははっきりしないが,実際に, S. pyriformis の増殖には一定の効果が見られた。
ただし,常にそうであるとは限らず,フルボ酸を加えても増殖できずに死滅してしまったこともある。
フルボ酸に関しては,これまで(〜2016.08.24)のところ,一つの濃度(カナディアンフルボ 0.8 ml/1000 ml) でしか試していない。他の濃度,ないし,他のフルボ酸の製品(注2)では異なる結果が出る可能性はある。 現在,4倍(3.2 ml/1000 ml)の濃度で試しつつある。

注1:フルボ酸のS. pyriformisへの効果は今ひとつはっきりしないのだが, この「雑菌の増殖を抑える」という効果に着目して,フルボ酸を他の生物,とくに湿原に特有の接合藻類にも与えてみた。 その結果,それまでは最初は順調に増えていても,徐々に増える雑菌の影響で次第に弱って培養に失敗していたのが, 雑菌の増殖が抑えられることで,ゆっくりとだが安定して増えるようになった。 湿原に特有の大型のミカヅキモや,ネジモ,アワセオオギなどの培養に効果を発揮しつつある。 ただし,他の微細藻類も増える(場合がある)ので,これらが混じっていると大型の接合藻の増殖が抑えられる恐れが高い。 いずれ他の微細藻類を除いた条件で培養を試みるつもりだが,今のところ余裕がない。
注2:(供給の問題)現在のところ,フルボ酸だけからなる商品が少ない。 健康食品や化粧品の成分として使われている商品は多いが,フルボ酸のみからなる商品が「カナディアンフルボ」以外にみあたらないのだ。 また,カナディアンフルボじたいも,初期のものは焦茶色で不溶性のものが混入していたが, 現在の製品は,おそらくそれらを除去した結果と思われるが,濃いオレンジ色に変わっている。 同じ名前の製品でも,今後,製造方法の改良などにより,その成分組成が変化する恐れがある。濃度もおそらく変化するだろう。


B:1/50KCM+キロモナスに養命酒を加えたもの
私の兄は,以前,農業高校に勤務していたのだが,そのため園芸植物の栽培に詳しい。 その兄との話から「漢方農法」というものがあることを知った。 植物を育てる際,漢方薬の成分を添加すると,植物の生育が促進されるのだそうだ。 そこで,もしかしたら,漢方薬は, S. pyriformis の増殖にも効果があるのではと考えた。 すでに漢方農法用に販売されているものもあったが,それらは漢方薬の成分を加えて発酵させたものらしく, 様々な細菌も含まれていた。これを加えてもあまりハッキリした効果はみられなかった。 栄養分もかなり含まれているようで,これを添加すると雑菌(コンタミ)がかなり増えてしまうという問題もあった。 他に使えるものはないかと考えた結果,養命酒も漢方薬の成分をいろいろ含んでいるので,使えるのではと 試してみた(養命酒 40 μl/l = 0.04 ml/1000 ml = 40μl/1000000 μl)。すると,弱っていた S. pyriformis が急速に元気になることが確認できた
弱っていると,細胞内の共生藻がいくつかの塊になってしまう。そのまま放置するとやがて細胞じたいが死んでしまう のだが,養命酒を与えると,凝縮していた共生藻が細胞表層に一様広がって元気を取り戻した )。

養命酒なら市販品で長年(400年以上)作り続けられているので将来的に供給が止る恐れは少ないし, なによりアルコールに漢方薬の成分が完全に溶け込んでいるので,時間が経過しても成分が大きく変化する恐れはない。
ただし,養命酒は飲み物なので,飲みやすくするために糖分が含まれている。 そのため,これも雑菌が増えやすいが,どういう訳か,養命酒を加えた場合,細菌はゲル状物質を分泌し, 細菌の塊(フロック)を形成しやすい。 そこに S. pyriformis が付着して浮遊している場合が多い。 S. pyriformisは野外でもそのような状態で集まっているので,細胞の状態は比較的良好だ。

これまでのところ,フルボ酸にもある程度の効果(細胞が元気に増える)はあるが, 養命酒の方が,より多くのS. pyriformisに効果を発揮している。 また,養命酒を加えて培養すると,上記のように,フロックが形成されやすくなるが, 培養器(径10cmの中型シャーレ)そのものには汚れがつきにくい。 そのため,培養液を交換する際,シャーレは交換せずに,そのまま使い続けることができる。
他の条件だと,培養液を交換する頃には培養器にかなりの汚れがつくので,培養器も交換しなければならない。 培養するS. pyriformisが増えると,頻繁にプラスチックシャーレを交換するようになる。 これらは使い捨てシャーレなので,大量に廃棄物として捨てなければならず,コスト的にも負担が大きい。 ならば洗って再利用すれば?,と思うかも知れないが,その手間をかける時間的な余裕がないのだ。 10cm径のシャーレは小さいので,これをきれいに洗うのはかなり面倒なのだ。
ただし, アメーバやゾウリムシ,他の繊毛虫などは,16cm径の大型のシャーレで培養しているのだが, 大型シャーレは洗いやすいので使い捨て用のプラスチックシャーレでも洗って再利用している。
)。
また,その際,細胞がアメーバなどと同様,シャーレの底に沈んでいるので,培養液の交換がしやすいなど,作業上のメリットもある。
細胞が浮遊していると,汚れた培養液の交換がやりにくい。 上記のように,増殖した細菌がフロックを形成すると, S. pyriformisの一部がそれに付着して浮遊している場合がある。 その際は,シャーレを軽くゆするか,ピペットで軽く数回培養液を出し入れしてフロックをほぐすと, S. pyriformisがフロックから離れてシャーレの底に沈む。それを確認した上で, 上澄みを捨て,培養液の交換を行う )。

▼残された課題▲
-- いまだに単離培養ができない --
これまで何度も示したように,S. pyriformisは1回細胞分裂するのに, 早くて2,3週間,場合によっては1ヵ月以上かかる。 これに気づく以前,他の原生生物同様,単離培養を試みたことが何度かあった。 しかし,1週間程度経過しても何も変化が起こらないので,培養条件が悪いと判断し(実際,悪い場合が多かったのだが), 単離培養を諦めてしまったことが何度もあった。
分裂するのに時間がかかることに気づいてからは,ベストの培養条件が決まるまでは単離培養の試みは控えている。 10匹程度の細胞集団から数を増やすことには何度か成功している(失敗もある,原因不明)。 最近,3匹から培養を小型のシャーレ(径5cm)で始めた。 初めてすぐ5匹まで増えたが,その後は10日以上経っても数は増えていない(2016.09.11)。 もしかすると,シャーレが小さすぎる(水深が浅すぎる?)のではないかとやや不安になっているのだが, 上記のように,より大きなシャーレ(径10cm)でも数週間はかかっているのだから, いまのところは,日々世話をしながら,分裂するのをジッと待つしかない。 今後どうなるか・・・。

-- 培養法のさらなる改良(簡素化,効率化,大量培養へ,無菌化?) --
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新たな挑戦:餌生物なしで増えるか? → 概要 
 もしかしたら,S. pyriformisはすでに独立栄養生物にまで進化しているのかも知れない。

▼培養できない原生生物?▲
細菌学の世界では, 以前から「培養できない微生物」がいることが知られている(文献1,2)。 また,近年の「環境DNA」の研究からは,世界にはその姿すら知られていない微生物が無数にいることが知られるようになった。


文献:
1. 服部勉,大地の微生物,岩波新書 390,岩波書店,1987。
2. Colwell, R.R. and Grimes, D.J.(著), 遠藤圭子 訳, 清水 潮 監訳,
  培養できない微生物たち -自然環境中での微生物の姿,学会出版センター,2004。

実験データ (整理中)

月井 雄二
(法政大学 自然科学センター)

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