原生生物の採集と観察
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2 原生生物の観察法

 原生生物を観察するには,採集サンプルをそのまま見る方法と,既述したように,採集サンプルに光を当てたり米粒を加えたりしてある程度培養してから見る方法,さらには,採集サンプルから細胞を単離・培養した上でそれをじっくりと観察する方法と大きく3通りの観察法がある(培養法については後述)。
 いずれの場合も,採集サンプル中の原生生物をプレパラートに移して顕微鏡で観察するための基本となる操作を身につける必要がある。そこで,まず最初に原生生物を扱う上で欠かすことのできない基本操作から説明をしたい。

1)原生生物の扱い方
 原生生物を扱う上で基本となるのが,双眼実体顕微鏡とピペットである。顕微鏡の扱い方については他に様々な解説書があるので,ここではピペットの作り方についてのみ紹介する。
 ピペットには,移植用と単離用の2種類がある。移植用とは,肉眼で,培養器にあるサンプルの一部(多数の細胞を含む)を吸い取って他の容器に移すためのものである。一方,単離用のピペットはマイクロピペット(ミクロピペット)ともいい,実体顕微鏡の下で細胞を一つずつピペットの先端部に吸い込み,それを他の容器へ移したり,観察用のスライドグラスにごく微量のサンプルを乗せる時などに使用する。

 この他,後述するように,単離操作の際には,各操作ごとにマイクロピペットを熱湯で簡易滅菌するために電気コンロとお湯を入れるためのビーカーが必要になる(3章)。ピペットに付着したバクテリアや他の原生生物が他の培養に混入しないように,連続して使用するピペット類は基本的に各操作ごとに滅菌処理を施す必要がある。

移植用ピペット

 移植用には一般に長めのものが用いられるが,それらは自作する場合と市販品を利用する場合の2通りの選択肢がある。自作するのは手間がかかるが目的に応じてピペットの長さや先端部の径を自由に変えられるのが利点である。一方,市販品の場合は,手軽ではあるが,ほとんど長さが同じため場合によっては不便なこともある。
 自作する場合は,まず,ガラス管(外径 8 mm,肉厚 1 mm程度)を作ろうとするピペットの長さの約2倍の長さに切る。(ピペットの長さは,実験の内容,各自の好みによって異なる)つぎに,その両端を持って中央部をガスバ−ナ−であぶる。ガラスが柔らかくなってきたら,頃合を見計らってバ−ナ−の炎の外に出してゆっくりと引っ張る。この際,ガラス管の周囲が一様に暖まっていないと,ひっぱる際に均一に伸びずゆがんでしまう。まっすぐ伸ばすには,ガラス管の周囲が均一にあたたまるように回転させながら加熱するのがコツである。

 また,ひっぱる際にやわらかくなったものを急に引くと,細い口先になってしまうので,炎の外に出した後,いっとき間をおいてから引いた方がよい。かといってあまり時間をおいたのでは,ガラス管が冷えて硬くなってしまうので十分に細くすることができない。その間合いは各自経験によって学んでいくしかない。引き伸ばしたガラス管は,冷えてから伸びた中央部分をアンプルカッターやヤスリ等で切断する。
 反対側の端にはキャップを取り付けるが,キャップが外れないように端を膨らませておく必要がある。そのためには,反対側の端をバーナーで加熱して硬い物に押し付ければよい。こうすると簡単に膨らませることができる。

移植用ピペットの作り方
 市販品としては様々なメーカーが製造している「パスツ−ルピペット」がある。ただし,市販のものは培養細胞等を扱うために製造されているもので,ガラス管の長さはどれもほぼ同じ長さである。試験管の底にいるゾウリムシを吸い取るといった作業には若干短すぎて不便なこともある。また使い捨て用として製造されているため,くり返して使うと壊れやすい。標準の2倍の長さのものもあるが,それは先の細い部分を伸ばしてあるだけなので,細い部分が折れやすく,移植用には適さない。

マイクロピペット
 マイクロピペットは市販品はないので自作する。つくり方は,基本的には移植用の場合と同じだが,先を極力細くするために多少の訓練が要る。 マイクロピペットは移植用のピペットの先が折れたりして使えなくなったものを利用して作る。自分の手のサイズや自分の持ち方を考えて適当な長さを決め,その長さに相当する場所をガスバ−ナ−で加熱する。十分加熱したら,炎から出して細くなるまで引く。この際,元の太いガラス管をいっきに引延すと,あまり細くならないか,もしくは先が急に細くなったものになるので使いずらい。そこで,二回に分けて引き伸ばしを行なう。第一段階では,加熱部分を軽く引いて,移植用のピペット先程度まで細くする。つぎに,少し時間をおいてから,さらにこの部分を加熱して,今度はいっきに引き伸ばす。こうすると,なめらかに先が細くなっていくピペットができる。
 硬質のガラス管を使った場合,火力の強いガラス加工専用のバ−ナ−(ふいご式など)でないとガラス管の加工はできない。一方,市販のパスツ−ルピペットのように軟質ガラスの場合は,ガス管から引いただけの通常のガスバ−ナ−で十分加工することができる。
 なお,ここで紹介したマイクロピペットは後述する滅菌操作にも使用するため,熱湯での消毒が可能なようにガラス製を採用したが,滅菌する必要がなければ,ビニール管を暖めて先端部を細くしたものでも代用できる。

マイクロピペットの作り方

デプレッションスライド
 原生生物の観察や単離操作などは実体顕微鏡下で行う。このため,実体顕微鏡に合った適当なサイズの透明容器が必要になる。ゾウリムシ研究者の間ではそのために専用に開発された特別のガラス容器,「デプレッションスライド」が使用されている。


双眼実体顕微鏡とマイクロピペットで細胞を単離している様子。実体顕微鏡は透過光源の付いたものを使用する。

  マイクロピペットによる細胞の単離操作
中央にあるのが3つの丸い窪みのあるデプレッションスライド(東北大型)である。

 デプレッションスライドは,厚さ1cm 前後のガラス板に3つの半球形のくぼみ(約1cm3)をつけたものである。これを双眼実体顕微鏡の下において,細胞の様子を観察したり,細胞をマイクロピペットの先端部に吸い込んで別のくぼみ(デプレッション)へ移したりするのに用いる。くぼみの中に培養液を入れ,マイクロピペットで単離した細胞を培養するのにも利用する。かつては市販品がなかったので,特別注文で作っていたが,近年は,市販品としても販売もされるようになった。
市販品: プレス型血液反応板 穴径22mm
     東北大型 10 x 27 x 87 定価 1,100円

 デプレッションスライドがない場合は,ちいさなシャーレや時計皿等でも代用可能である。プラスチック製の培養器の中には丸い窪みのあるものもあるので,それらを利用してもよいだろう。

マイクロピペットの先に吸い込まれたゾウリムシ

細胞の集め方
 通常,採集してきたサンプルは,そのままマイクロピペットでスライドガラスに乗せて観察することが望ましいが,浮遊性の原生生物に関しては,事前にある程度,細胞の密度を上げてからでないと観察しずらい場合もある。そのための方法を紹介する。(注:培養器の底にいることの多い藻類や底性の繊毛虫,ミドリムシなどはマイクロピペットで底を這うように吸い取ればよい。とくに遠心などの操作は必要ない。)

 ゾウリムシなど遊泳性ないし浮遊性の原生生物を観察する場合,実体顕微鏡(x40程度)ではたくさんいるように見えても,それらをそのままスライドガラスの上にのせて光学顕微鏡で拡大すると,細胞がほとんど視野の中に入らないことがある。そのような場合は,顕微鏡観察の前にはあらかじめ細胞を集める(=細胞密度を上げる)作業が必要になる。通常は,遠心機を用いて細胞を集めることが多い。細胞の大きさやその運動性にもよるが,卓上型低速遠心機で500〜1000 rpm程度の回転速度を用いる。あまり高速だと遠心力が強すぎて細胞がダメージを受ける恐れがある。逆に,低速すぎても細胞が沈澱しないので,各生物ごとに適当に速さを加減する。
 卓上型遠心機は価格もそれなりにする上,場所をとる。そこで,微量のサンプルを扱う場合は,より簡単な手廻し遠心機を用いた方が便利である。手廻し遠心機は1〜2万円余で購入できる。これでも卓上遠心機とほぼ同程度の遠心力を手動で発生させることができる。ただし,遠心部の覆いや,故障した際の安全設備が付属していないので,使用の際は十分に注意しなくてはならない。

遠沈管の形状について
 卓上遠心機や手廻し遠心機にセットして使用する遠沈管は,一般に筒状で底部を丸めた形のものが多い。これらに生きている原生生物を入れて遠心すると,遠心機が停止した後でも遠沈管の中の水は慣性力によりしばらくの間渦を巻くように回転し続ける。このため,せっかく遠沈管の底に沈んだ細胞が渦の影響で再び遠沈管の上部に舞い上がってしまうことが多い。遠心力を強くして(=回転数を上げて)細胞を強く底に押し付ける形で沈澱させれば舞い上がりにくくなるが,そうすると細胞がダメージを受けて死ぬ恐れがある。そこで,ゆるやかな遠心で沈澱させても細胞が舞い上がらないようにする工夫が必要になる。
 そのためには,ガラス製の遠沈管の底部を加工して細長く引き伸ばせばよい。例えば,内径が約1.5 cmのガラス製の試験管(容量 10cc)を遠沈管として用いる場合は,その底部を引き延ばして内径約6 mm,長さ2 cmほどの突出部を作る(右上図,これには特殊な技術が要るので専門のガラス加工業者に依頼して作る)。こうすると,遠心の際には,細胞はこの突出部に集められるので,遠心が停止した際に発生する渦巻きの影響を受けにくくなる。より太い遠沈管の場合も基本的には同じ形状にすればよい。

遠心後の水の渦によって細胞が舞い上がらないように加工した遠沈管。右の太めのものは容量50mlのガラス製遠沈管を加工したもの。左の細めのものは容量10mlの試験管を加工したもの。(模式図)遠心後には細く突き出した底部に細胞が集まり,遠心停止後も細胞が舞い上がることはない。
 また,パスツールピペットの先端部をガスバーナーで溶かせば同じ形状の遠沈管が作れる。この場合は,かなり細めの遠沈管になるので,最大 2 cc程度の容量しかないが,自作できる点と,手廻し遠心機用の遠沈管として使えるので少量の細胞を集めるのに便利である。
 このパスツールピペットを加工して作った遠沈管は,細胞密度を高めて光学顕微鏡で観察しやすくしたり,染色用のプレパラートを作る際に利用される。遠沈管の底に沈んだ細胞を集めるには,2倍の長さのパスツールピペットを用いる。2倍長のパスツールピペットは通常のパスツールピペットの先端部を細長く引き延ばしたものなので,その細長い先端部を利用してパスツールピペット由来の遠沈管の底に集まった細胞を吸い取ることができる。

 遠心機がない場合はどのようにして細胞を集めるか?これには色々な方法が考えられるが,もっとも手軽なのは「漉紙をもちいた方法」であろう。扱う生物により濾紙のタイプ(濾過する粒子のサイズの違いによる)を使い分ける必要があるが,適当な濾紙があれば,かなり効果的に細胞を集める(細胞密度を上げる)ことができる。


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