公開講演会: 生物多様性研究・教育を支える広域データベース


日本産アリ類画像データベース
今井弘民(国立遺伝学研究所
 

アリは,身の回りでよく見かける昆虫でしかも仲間と助け合って高度な社会生活をするためか,昔から蟻(義の虫)と呼ばれ一目おかれてきた。現在日本には約270種のアリが知られているが,10数年前までは極く普通に見られる種でもその分類学的な名前ははっきりしていなかった。そこで1988-1994年に,蟻類研究会の有志が日本産アリ類の分類学的な整理をおこなった。これにカラー画像を加えて日本産アリ類図鑑を刊行しようとしたが,カラー印刷が高価なため実現できなかった。丁度そのときインターネットが実用化されたので,生物情報学のメンバーの協力を得て「日本産アリ類カラー画像データベース」としてWeb上に公開したのが1995年1月であった。その後1998年に完全英訳版を公開したところ,世界的に注目されようになり,現在までの総アクセス数は3500万回を超え,本年8月は190万回/月を記録した。現在さらに内容を充実させて2002年改訂版を世に出すべく奮闘している。

データベースは,21世紀の分類学に革命をもたらす可能性を秘めている。これに関連して,最近色々な生物データベースがWeb上に公開されるようになったが,中身は高度に学術的なものから個人的趣味まで玉石混交といった状況にある。一方アリ類データベースは,本来「アリの検索と同定」という一般受けしない学術データベースである。それにもかかわらず人気が持続している理由はなんであろうか?その理由を自問することで,データベースの社会的意義とあり方について考えてみたい。講演では,次の4つの観点から話を展開する予定である。

1. 社会の役に立つ分類データベース: 分類データベースは,生物の名前の戸籍簿として,学問に裏打ちされた分類体系に従っていなければならない。しかし,また誰でも使える社会に開かれたものであるべきと思う。この点アリ類データベースは学術と教育普及という2つの顔を持っている。学術用には,分類学的テキストの他に高品質の標本デジタルカラー画像を用いている。一方教育普及用には,プロの写真家による生態写真を基に小学生向けに書かれた印刷本をデジタル化してアリ学入門として収録している。これら2つのメニューは,高品質のカラー画像を仲立ちにして,ユーザーのニーズに合わせた複数の検索システムを導入することによって緊密に結びつけられている。このため,学術・教育両用データベースとして,小学生からプロの分類研究者まで幅広いユーザーの利用が可能になった。教育普及を視野に入れることで,ユーザーとの双方向の情報交換が必要になる。アリ類データベースでは,できるだけユーザーの質問に答えるようにし,その結果をアリQ &Aコーナーとして公開することにした。

2. 世界に通用する分類データベース: アリ類データベースは,画像を中心としているために海外のユーザーも利用できる。しかし,より詳しい内容を理解するためにはどうしてもテキストが必要になる。この点本データベースは日本語と英語の二カ国語なので英語圏の一般ユーザーも広く利用が可能になっているが,非英語圏の一般ユーザーの利用は難しい。このため英語版を国際標準とし,各国語に翻訳したものを日本語と置き換えることによって,英語-各国語の二カ国語データベースを作成することが可能なシステムを内蔵している。

3. 学際的協力による分類データベースの構築・維持・管理: アリ類データベースの成功の陰には,アリ類分類研究者だけでなく,他分野の研究者やプロの写真家による画像撮影,アマチュアのアリ研究家による材料提供,生物情報学の研究者によるデータベースのシステム構築と維持管理等の協力があった。この点現在見られる多くのデータベースは,分類専門家の手になる文字情報を中心とした高度に難解なものと,きれいな画像を売りにした趣味的なものに2極化しているように思われる。今後分類データベースがさらなる発展をもたらすためには,アリ類で試みたような学際的な協力関係を発展させる必要があると考える。これに関連してアリでは,目下,海外の研究者と連携した「世界のアリ類画像データベース」の構築に向けて始動している。

4. 分類画像データベースと研究業績・著作権: 分類学の分野では,データベースは長い間研究業績として認められなかった。そのような寒風の中でアリ類データベースは常に時代のフロンティアとして活動を続けてきたが,最近研究業績としても評価されるようになり,ついに"Ants of Japan"および「日本産アリ類全種大図鑑」として英文と和文の二冊の印刷本として後世に残す機会に恵まれた。高品質画像が決め手であった。Web上のデジタルデータベースはユーザーのニーズに合わせた多次元検索ができる点で優れているが,伝統的な印刷本はアナログ情報に慣れ親しんだ世代として感無量の重みがある!とまれ,英文印刷本にはCD-ROM版を付録につけて,デジタルとアナログを共存させるつもりである。 研究業績の評価と関連して社会的評価として著作権がある。高品質画像は研究・教育目的以外に,商業雑誌への掲載など営利目的の利用価値が非常に高い。全ての画像には著作権が発生する。苦労して撮影した画像を無断で利用されるのは釈然としない。かといって,いちいち使用料を請求するのも研究者として良しとしない。著作権問題は,今後画像データベースで避けて通れない大きな課題である。

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