公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース
原生生物情報サーバ  月井雄二(法政大学)
2 ネット上で公開された情報の評価と保存
back 2-1 学術研究用メディアとしてのネットワークの不完全性 back

 以上が「原生生物情報サーバ」についての紹介であるが,このような自分たちのデータベースを構築・公開する活動以外に,生物系研究者による同様な情報発信がさかんになるよう様々な活動を行なっている。他の研究者がデータベースを作るのを手伝ったり(総研大共同研究,生物形態資料画像データベースの構築,http://taxa.soken.ac.jp/),データベース構築のための支援システムを開発したりもしている(科学技術振興事業団,生物系研究資材のデータベース化及びネットワークシステム構築のための基盤的研究開発,http://bio.tokyo.jst.go.jp/biores/index.htm )。さらには,学会やWebサイト上での啓蒙活動も行っている。

 しかし,残念ながら,これまでのところ期待するほどには生物系研究者からの情報発信は増えていない。その原因を分析した結果,研究者がネットワーク上で情報発信することに熱心でないのは,たんにWeb pageの作成法やデータベースの構築法などに不慣れなため,といった技術的な問題によるのではなく,むしろ,社会システム上の問題であることに気づいた。すなわち,ネットワークには,学術研究に不可欠な2つの要素,公開された情報を「評価」し「保存」するための社会的仕組みが欠けているのである。そのため,ネット上で公開された情報は,研究者の業績としては認められず,そのことが研究者から「やる気」を奪っているのではないかと考えるようになった。

 この問題は,他で詳しく紹介しているので(http://protist.i.hosei.ac.jp/Science_Internet/WorkShop1999/JSZ_1999/index.html)ここでは簡単に概略のみを紹介する。

 まず,従来の科学のシステムでは,研究者が生産した情報は,学術雑誌等の印刷メディアを介して公開される。そして,公開されたものは大学図書館等の公的機関で恒久的に保存される。学術情報は,このような「生産」と「公開」そして「保存」という3つの要素(ないし機関)が連携してはじめて学術情報本来の機能を果たし得るのである。また,公開前に,論文審査という形で学術的価値の「評価」(=品質管理)が行なわれ,一定の評価を得たもののみが公開される(図9)。

図9 印刷とネットワークの比較

 このようなシステムがあることで,研究者の論文等が業績として認められ,ゆくゆくはそれが様々な形で研究者自身の利益にもつながっていくのである。

 一般に,生産(研究者)と公開(学術雑誌)の役割については認知されているが,大学図書館等が果たしている保存の役割については意識されることが少ないようである。だが,この学術情報の恒久的な保存がなされてこそ,後になって論文等で引用することが可能となり,研究の継続性が保証されるのである。

 しかし,従来,ネットワーク上で公開されている学術情報に関しては,DNAなど一部の例外を除いて,それらを永続的に保存するための公的機関は存在しなかった。ネットワーク上の情報は,公開後に内容が書き換えられたり,サイトじたいがいずれは消滅する可能性が高い。そのため,内容の如何に関わらず,論文等で引用することができず(もしくは引用しても無効になる可能性が高いので),実質的には学術情報としての利用価値を持たなかった(持てなかった)のである。そして,そのような情報を発信する活動も研究者の業績としてこれまでは認知されなかった。業績にならなければ研究者にやる気が起こらないのも無理はない。

 また,情報の生産者が同時に発信者にもなれるというのがネットワークの基本的特徴である以上,印刷メディアにあるような公開前の評価システムは基本的に存在しえない。このため,ネット上に存在する情報がいわゆる「玉石混交」の状態になるのはやむを得ない。そこで,印刷メディアとは異なるやり方で情報の評価を行なう必要があるのだが,そのような仕組みもこれまでは存在しなかった。

back I N D E X back