公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース
日本産アリ類画像データベース  今井弘民(国立遺伝学研究所 / 総合研究大学院大学)
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 分類データベースの構築には,基礎資料としての分類情報の他に,どんなデータベースを構築したいかというビジョンと,そのビジョンをコンピュータ上に実現するシステム構築技術が不可欠になる。アリ類データベースで特筆すべきことは,メンバーに分類研究者以外に生物情報学の研究者が加わり,リーダーが染色体進化を専門とする遺伝畑出身という異色の組み合わせにある。

 遺伝学と分類学との結びつきは奇妙かもしれないが,実は意外に切実な関係があるのである。というのは,いくらアリの染色体を観察しても,アリの学名が分からなければ論文を発表することができないからである。だから実学としてのアリ類分類学の整備の必要性は分類研究者以上に切実な問題であり,結果として分類学研究者とは一味違う分類学のユーザーとしてのビジョン(と言うか夢)に基づいたデータベースができたのである。さらに生物情報学メンバーは,生物分類の知識を持つと同時にコンピュータも操れるという点が重要で,これが純粋に情報工学出身のシステムエンジニアでは必ずしも戦力にならないのである。

 言うまでもなく,アリ類データベースはアリ類分類研究者の知識なしには存在しえない。しかし,分類研究者だけであったら日の目を見なかったことも確かである。というのは,従来の分類研究者は個人プレーが多く,大勢で共同して研究を進めることを嫌うからである。ずばり言えば「自ら新種を記載しモノグラフを出す」のが生きがいで,記載前に秘蔵の標本を人に見せることは絶対にしない(したら取られるから!)。さらに分類研究者は分類の命名規約に絶対的に忠実で,非情なまでに種名のプライオリティを追及する性癖がある。同一種に複数の名前がつけられた時,先に付けられた名前にプライオリティがある。このこと自体別に問題はない。問題は,ある標本が同一種か別種かの判断が分類研究者によって見解が異なることである。この意味で分類学は主観の強い学問である。いずれにしても,実学として学名を利用する立場からすれば,頻繁に学名を変更されるのは大変迷惑な話である。とは言っても分類なしには最新のDNA研究も発表できない。この意味で分類学は科学を支える根幹的な学問である。なんともやり切れない話である。

 このジレンマを解決する妙案は,実は,分類情報をデータベース化してWeb上に公開し,万人が利用できるようにすることにある。アリ類データベースは,このことにいち早く気づいた遺伝学研究者が素材を持つ分類研究者とコンピュータ操作の得意な生物情報学研究者の仲立ちになって,手弁当で夢を実現させたのである。しかし,少なくとも最近までの分類研究者は分類データベースに否定的であった。金もない物もない人もいない,加えてデータベースは研究業績にならないと言うのが原因のようである。しかし最近データベースが研究業績として認められる機運が生じ,GBIF絡みでデータベースにお金が付くとわかって,にわかにデータベースブームに火がつきそうになった。その矢先,予算削減で夢ははかなくもしぼんでしまった。なんともお粗末な話である。

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