平成8年度 教材の工夫と授業の改善
微小生物の培養・観察法

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2 観察・実験

 つぎに原生生物を観察するための具体的な観察方法について紹介する。とはいえ,それらは原生生物ごとに様々なので,ここでは対象を代表的な生物種に絞って紹介したい。

1)ゾウリムシを用いた実験
 ゾウリムシ(Paramecium caudatum)は,原生生物繊毛虫の一種で,池や沼などで比較的容易に見つけることができる(ただし,農薬等には弱いらしく田圃などでは見付けにくい)。細胞の長さは 0.2〜0.3 mm,幅は 0.1 mm程度で,細胞表面には多数の繊毛がはえている。内部には繊毛虫類に共通の特徴として,機能的に異なる二種類の核,大核(栄養核)と小核(生殖核)がある。大核は小核が倍数化したもので,ゾウリムシの場合は小核の数百倍の大きさがある。このため,単細胞ではあるが,微生物世界の中では比較的大型の部類に属している(いってみれば哺乳類の中のゾウかクジラのようなもの・・・?)。
 この他,細胞内には,収縮胞とよばれる浸透圧を調節する装置や,細胞口,食胞,細胞肛門といった栄養摂取に関連した細胞内器官がある。また,右図にはないが,細胞膜直下には,トリコシストと呼ばれる特殊な構造がある。トリコシストには特殊なタンパク質が含まれていて,様々な刺激で細胞外へ飛び出す。飛び出すと伸長して槍状構造に変化する(次頁下の写真参照)。防御のため,という説もあるがはっきりした機能はわかっていない。
 ゾウリムシは原生生物で最初に性の存在が発見された生物として知られている(Sonneborn 1937)。異なる接合型の細胞が出会うと,やがてお互いに接着して接合対を作る。その中では小核の減数分裂,それによってできた配偶核どうしの融合(=受精)といった有性生殖特有の核変化が起こる。
 受精後のゾウリムシには未熟期と呼ばれる接合しない「子供」の時期がある。受精後,一定の細胞分裂を繰り返すと成熟期となり,ふたたび接合ができるようになる。そのまま接合をしないで分裂を続けると,やがて老化してクローン死を起こす。このため,ゾウリムシは老化のしくみを知るためのモデル材料としてもよく利用されている。

 ゾウリムシ属の仲間 :ヒメゾウリムシ(Paramecium aurelia complex), ミドリゾウリムシ(P. bursaria),P. multimicronucleatumP. trichiumP. jenningsiP. calkinsiP. duboscqui


ゾウリムシの接合
 相補的な接合型の細胞(左上下)を混ぜ合わせると ただちに繊毛を介した細胞凝集反応(mating reaction)が 起きる。これが1時間ほど続くとやがて2つの細胞が接着 した接合対ができる。

ゾウリムシとヒト
 単細胞か多細胞かという違いを除けば,両者はよく似ている。


a. 生細胞の観察
 生きたゾウリムシでは,上記のような収縮胞や繊毛・原形質流動の動きを観察することができる。また,墨汁やカーミンの粉末を与えてやると細胞口での食胞形成,および細胞肛門からの排泄の様子を見ることができる。適当な刺激(試薬処理または機械的な刺激)を与えるとトリコシストの放出が起きる。
 しかし,いずれの場合も問題になるのは,ゾウリムシは繊毛運動により水中をさかんに泳ぎ回る,ということである。そのままでは顕微鏡下ではすぐに視野の外へ出てしまうので,上記の様々な観察がしずらい。そこで必要になるのが,ゾウリムシの遊泳行動を抑えて,顕微鏡の視野の中に留めておく方法である。

細胞の動きを止める方法
 細胞の動きを止める方法は,1)外部に障害物を置いて遊泳を阻止する方法と,2) 試薬等で細胞を処理して繊毛運動を阻害し,遊泳しないようにする方法,の2通りに大別できる。

 1) 外部に障害物を置いて遊泳を阻止する方法
 障害物としては,粘調な溶液や寒天などを用いる。粘調な溶液中では繊毛が動いても細胞じたいは動けなくなる。あるいは,柔らかい寒天の表面に細胞を置いてカバーグラスをかけて,小さな狭い空間に埋め込んでしまえば細胞は動けなくなる。前者の場合に用いる試薬としては,フィコール,メチルセルロース,ポリエチレングリコール,ポリオックスなどがある。いずれも粘度の異なるタイプのものが色々用意されているので,粘度の高いものを選んで使用する。(ポリエチレングリコールはやや毒性があるので好ましくない,という情報もある)

 2) 試薬等で細胞を処理して繊毛運動を阻害する方法
 これには,塩化ニッケル(NiCl)により細胞を麻酔(繊毛運動を阻害)する方法と,5%エタノール処理等で細胞から繊毛を抜いてしまう方法がある。前者の場合は, 培養液中に 最終濃度が0.1〜mM程度になるようにNiClを加えると,次第にゾウリムシの繊毛運動が弱まり動かなくなる。このときを狙って顕微鏡観察を行う。ただし,培養の状態によって NiClの効果の現れ方が異なるので,濃度や処理時間はその都度調整する必要がある。あまり高い濃度だとすぐに細胞が死んでしまう。逆に薄すぎると麻酔効果は現れない。
 エタノールによる脱繊毛処理の場合は,培養液に最終濃度が5%になるようにエタノールを加え,その培養容器をはげしく振とうする。こうすると細胞から繊毛が抜けてしまうので,しばらくの間は細胞は動かなくなる(細胞が生きているかぎりやがて繊毛は再生する)。しかし,わずかでも処理が強すぎると細胞が死んでしまうので注意が必要である。

食胞形成過程の観察
 培養液中にカーミンの粉末や墨汁を与えると,20〜30分もすれば細胞内に赤または黒い食胞が観察されるようになる。1時間以上たつと細胞内には大小たくさんの食胞ができる(左下の写真)。
 また,さらに時間が経過すると,これらは消化できないため,細胞内を循環した後,細胞口の下にある細胞肛門から排泄される様子が観察できる。



カーミンの顆粒(赤)を食胞に取り込んだ
ゾウリムシ(右上&下)

ゾウリムシ生細胞の細胞表層の光学顕微鏡像


b. 化学処理による変化
トリコシストの放出
 前述したように,細胞表層にはトリコシストと呼ばれる細胞内器官があり(前頁の写真),これが様々な刺激で内部のタンパク質(トリキニン)を放出する。放出されたトリキニンは棒状に伸びて槍のような構造に変化する。
 実験的にはピクリン酸などで処理してトリコシストの放出を観察することが多いが,これだと細胞は死んでしまう。細胞を殺さずにトリコシストを放出させることもできる。それには Alcian Blueなどの色素や,その他殺さない程度に細胞表面に刺激を与える物質を用いる。また,機械的な刺激でも部分的な放出が起こる。


ピクリン酸(黄色)で処理したゾウリムシ

ピクリン酸処理で放出したトリコシスト(毛胞)


イオン刺激による遊泳行動の変化
 ゾウリムシは,通常は協調的な繊毛運動により前進するが,ときどき繊毛運動が逆転して止まったり,後ろへ泳いだりする。これにより遊泳方向を変えて障害物から遠ざかったり,逆に誘因物質の周囲に集まる行動が起こる。
 ドリル氏液(後述)中で培養したゾウリムシを,約 10 mM程度の KCl を含むドリル氏液中へ移すと,繊毛運動が逆転ししばらくの間後方へ泳ぎ続ける様子が観察できる。


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