公開講演会: 生物多様性研究・教育を支える広域データベース


私的ハゼの百科事典
向井貴彦(東京大学 新領域創成科学研究科
 

 このサイト「私的ハゼの百科事典」を開設した動機は,ただ単に手持ちの魚の写真や,雑多な情報を死蔵するのが,もったいなかったからである。あくまで個人の営為で作ったサイトであり,公的データベースとは全く無関係かつ異質なものであることをお断りしておきたい。個人としての研究者(といっても,先行き不安なポスドクですが)の情報発信の一例として見ていただければ幸いである。

 さて,それはともかく,どうせ作るなら見て楽しいものを作りたい。そこで,サイト作成にあたっては,少なくとも自分自身が見て楽しいと思えるものを作ることを第一に考え,最新の情報を常に取り込むことを意識した。特に,市販の魚類図鑑や既存のウェブサイトには,私が研究対象にしている汽水性ハゼ類の写真はほとんど存在しなかったし,そうした魚類についての情報を伝えている媒体も存在しなかった。そこで,それら世間に知られていない魚のことに興味を持ってもらえるような内容にしたかった。

 基本的には,図鑑をめくって楽しむような感覚で見られる構成にして,読み物的な部分も作ってみた。ただし,内容的には魚類全体に対象を広げると個人の手に負えなくなるため,対象をハゼ類に限定して情報を充実させるように心がけた。ハゼに限定したといっても,世界中のさまざまな水域に生息し,約2200種もいる大分類群なので,個々の種類や新情報を紹介するだけでも,新種の記載・系統分類・進化の仕組み・環境への適応・希少種の保全などなど,生物学一般につながるテーマはいくらでも含まれており,「ハゼ」という魚をキーワードに,そこから自然全般への興味を広げられるようにできると考えたからである。

 そして小規模ながらサイトを公開したのが1998年11月であった。以来,多くの人が掲示板への書き込みやメールをくださった。何件のメールや書き込みがあったのか,全く数えていないのだが,研究者からの問い合わせや意見はほとんどなく,基本的には自然に興味のある人たちとの交流だった。ナチュラリストとしての自分が楽しめるものを作っているのだから,ある意味当然の結果ではあるが,できるだけ多くの人に興味を持ってもらいたい,という目的は,多少は達成されているようである。

 ただし,そうした交流を通じて,ネット上での自然や生物関係の情報の取り扱いに対するアマチュアナチュラリストと研究者間の意識のギャップが大きいことにも気付かされた。さまざまな齟齬があり,両者の狭間にいる自分としては心苦しいところが多いのだが,個人的には研究者側に非がある場面が多いと思わざるをえない。講演では,そうした問題と解決の可能性などについても話したい。

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