原生生物と日本産アリ類の広域画像データベース

はじめに


 近年,日本ではインターネットの利用者が急増しているが,これに伴い,ネット上で発信される情報量も著しく増加している。しかし,その大部分は営利目的の企業活動や個人的興味に基づくものであり,大学や他の研究機関から発信される情報は少ない。たしかに,大学等研究機関のホームページは数多くあるが,そのほとんどは「大学案内」程度の内容でしかない。研究機関にある豊富な学術情報が発信されていないのである。すでに多くの大学や研究所には通信設備が敷設されており,情報発信に必要なハード的な環境は十分整っている。にもかかわらず研究機関からの情報発信が停滞しているのは,本来情報発信者であるはずの研究者が情報媒体としてのネットワークの有用性を理解していないため,としか考えられない。

 安くて速い「電子メール」や,不特定多数の人々の間で情報交換可能な「ネットワークニュース」等についてはよく知られている。しかし,この他に,ネットワークには,従来の印刷メディアでは扱いきれない大量の情報を,データベース化しネットワークを介して利用できるというすぐれた機能がある。この機能(広域データベース)は,学術標本など膨大な学術資料(一次情報)を基に行なわれる学術研究には非常に有用なのだが,そのことが理解されていないのである。

 学術情報(とくにその一次情報)を広域データベース化した数少ない例が「遺伝情報データバンク」である。遺伝子研究分野では,世界中の研究者が解析した遺伝子配列データを共通のデータベースに登録し,ネットワークで公開して共同利用するという「情報システム」がすでに確立している。この遺伝情報データバンクは誰もが自由にアクセスして利用することができ,いまや遺伝子研究に欠かすことができない。しかし,残念ながら,遺伝情報以外の学術情報(学術標本資料等)に関しては,広域データベース化に向けた動きは鈍い。欧米に比べて学術資料の電子化・データベース化が遅れている日本ではとくにこの傾向が著しい。

 以上のような現状認識に基づき,我々は,試験研究「生物分類情報の広域データベース化とそのネットワークにおける利用システムの開発」(1995-1996)により,遺伝情報以外の学術情報として,日本産アリ類,および原生生物に関する様々な情報を広域データベース化しネットワークで公開する活動を行なっている。

 「日本産アリ類カラー画像データベース」は日本蟻類研究会のメンバーとの共同によるもので,アリ標本のカラー写真,種の記載データ,都道府県別に調査した各種ごとの野外分布データ,および,二分岐検索の記述等のデータベース化を行なった。一方,「原生生物情報サーバ」では,日本各地の原生生物研究者から提供してもらった原生生物の画像や関連のテキスト情報を収集してデータベース化した。

 現在までに,アリ類については258種の模式標本の画像と分類学的記載データ(画像 588枚,ファイル総数 7589)を,原生生物については,115種,2120枚の画像データと各生物種の分類情報(ファイル総数 13413)をデータベース化している。

 また,ネットワーク公開と同時に,各々のCD-ROMを作り,一般への無償配布(一部有料)も行なっている。「アリ類」CD-ROMはすでに約1000枚が配布済みで,ひき続きその英語版(枚数未定)を製作する準備を進めている。一方,「原生生物」CD-ROM第一版は,製作した1000枚はすべて配布済みである。その後,データを大幅に追加・更新した第二版(4000枚)を96年12月末に製作し,現在までに約2800枚を一般に配布した。

 アリデータベースは,構築当初から外部の評価が高く,2年ほど前(1994.10),文部省学術情報課でデモンストレーションを行なった。その後,「ユニバーシティ・ミュージアムの設置について」(http://133.25.20.31/gakushin/menu.html)という「学術審議会 学術情報資料分科会 学術資料部会報告」の中で,東大の総合研究資料館と並んで学術標本画像データベースのモデルケースとして紹介された。

 この成果報告書の1〜6章は,2つのデータベースについて,構築までの経緯,現状,今後の課題についてそれぞれ紹介するとともに,一般的な立場から,このような広域データベースを構築することの学術的意義や今後のあるべき姿について論じている。

 7〜14章は,我々データベース作成グループのメンバーがこれまでに作成し,様々な形で公表してきた様々な文書を収録したものである。

 最後の15,16章は,Web Pageとして公開されている「日本産アリ類カラー画像データベース」,および,「原生生物情報サーバ」の中からその一部を抜粋して示している。Web Pagesは総数 7000頁を超えるため,そのすべてを紹介することはできないが,おおよそのイメージを掴んでもらえるものと思う。

 詳しくは,最後に添付した2つの CD-ROMをご覧いただきたい。いずれもMacintosh, WINDOWS95, UNIX等で稼働するWWWブラウザソフト(Netscape, Internet Explorer等)で閲覧することができる。

   担当章     文責
   1〜6章    月井 雄二
   7〜9章    月井 雄二
   10〜12章  木原 章
   13,14章  鵜川 義弘