原生生物の採集と観察
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1 原生生物の採集法

3)主な種類ごとの採集場所・方法
 つぎに,主な原生生物ごとにその最適の採集場所,採集方法について紹介する。

ゾウリムシ
 ゾウリムシ(Paramecium)の採集場所としては池や沼,あるいは田圃等が紹介されることが多いが,池や沼から採集すれば,ゾウリムシが必ず見つかるというわけではない。既述したように,池沼や田圃には原生生物があまりいないことも多いので,そのような場所ではゾウリムシも見つかり難い。
ゾウリムシ (Paramecium)
 もっとも確実なのが,これも既述したが,住宅地周辺にある蓋のない下水溝である。常に廃水が滞留し食物滓などがヘドロ状に堆積した場所で,かつ日当たりが良い場所だと,必ずといって良いほどヘドロの表面が深緑色のもので被われている。これらはミドリムシかあるいはユレモ,ないしアオコのいずれかだが,ほとんどの場合,これらに混じってゾウリムシが観察される。
 稲藁はゾウリムシの培養液の材料としてよく知られている。したがって水田の稲藁の周囲もゾウリムシが見つかりやすい場所のはずである。しかし,稲藁はゾウリムシだけでなく他の多くの繊毛虫も好むので,稲藁の近くで,かならずしもゾウリムシが増殖しているとはかぎらない。
 また,採集したサンプルにごくわずかしかゾウリムシがいないと見逃してしまう恐れがある。一度の観察でゾウリムシが見つからない場合は,採集したサンプルをシャーレ(注:青色ガラスのシャーレは不適,透明なガラスシャーレまたはプラスチックシャーレを用いること)に入れ,そこに米粒などを加えて数日〜一週間程度放置しておくとよい。ゾウリムシがいれば,それが次第に増えて観察しやすくなる。

アメーバ
 アメーバ類は従属栄養のため,腐食が進んだ池底の泥などで見つかることが多い。ただし,アメーバの多くは小型で双眼実体顕微鏡で観察するのは難しい。唯一観察しやすいのが,大型のアメーバ,いわゆるアメーバ・プロテウス(Amoeba proteus)である。大型のアメーバにはアメーバ・プロテウス以外にも何種類かいるが,もっとも出現頻度が高いのがアメーバ・プロテウスである。
アメーバ・プロテウス (A. proteus)
 ただし,アメーバ・プロテウスは動きが遅く,アメーバ類の中では出現頻度が高いとはいえ,各サンプル中の個体数はゾウリムシなどと比べれば圧倒的に少ない。このため,観察経験がないと,どれがアメーバかの判別がつかず見逃しやすい。そこで,ゾウリムシ同様,採集サンプルをシャーレに入れ,アメーバが好む餌生物( ゾウリムシテトラヒメナキロモナス など)を加えて一週間程度,放置しておくとよい。そうすると,アメーバが徐々に増えてきて見つけやすくなる。
 なお,現在,アメーバ属として見つかるのは,ほぼAmoeba proteus一種のみと言ってよい。1960年代まではアメーバ属には多くの種が含まれていたが,そのほとんどは,その後アメーバ属から独立し新しい属として分類されるようになった。中でもマヨレラ属(Mayorella)は,中型で細胞質が透明で,仮足が尖っている点や,主に藻類やバクテリアを餌として生活している点でアメーバ属とは区別されるが,種数および個体数ともに多く,野外ではAmoeba proteusよりも頻繁に見つかる。
 この他,アメーバの仲間には殻をもったものも多い。とくにアルケラ(ナベカムリ,Arcella)は赤味がかった色をした丸い形でたくさんいることがあるので,比較的目にしやすい。しかし,サイズが若干小さいため,観察の材料としてはやや不適といえる。

キロモナス
 キロモナスは馴染みのない人も多いだろうが,採集したサンプル中でもっとも見つけやすい原生生物である。見つけ方は簡単で,池沼の底にある泥水を採集し,これをシャーレに入れ,ゾウリムシ同様,米粒を1〜2個加えておく。そうすると数日後には,かなりの確率で米粒の周囲に小さな楕円形のものがたくさん泳ぐようになる。これらはほとんどの場合がキロモナスである。

 キロモナスは小さいため,観察材料としては適していないが,野外から簡単に採集できて米粒があれば簡単に増やせることから,アメーバ・プロテウスの餌などによく用いられる。


キロモナス
(Chilomonas paramecium)
 また,米粒を加えなくてもキロモナスと似た泳ぎをするものが見つかることがある。キロモナスほど大量増殖はしないが明るい場所で少しずつ増え続けていれば,それはクリプトモナスである可能性が高い。

アオミドロ
 淡水性藻類の中で,もっとも普通に見られるのがこのアオミドロであろう。池沼川などで緑色の糸状の藻類が繁茂していれば,それらはかなりの確率でアオミドロであるといえる。もちろん,他の藻類,緑藻類の サヤミドロ ( Oedogonium )や シオグサ ( Cladophora ),あるいは黄緑色藻類の フシナシミドロ ( Vaucheria )などが見つかる場合もある。しかし,サヤミドロやフシナシミドロは糸が太く硬いし,シオグサは枝分かれしているのに対し,アオミドロは太さが均一で,枝分かれせず,全体にしなやかなので肉眼でも簡単に識別できる。他の糸状接合藻類, ヒザオリ ( Mougeotia )や ホシミドロ ( Zygnema )とは区別しずらいが,これらは比較的希であるし,糸の太さもアオミドロより細く弱々しい。また,ホシミドロは通常アオミドロに混じって見つかるが,数の上ではアオミドロの方が圧倒的に多い。
アオミドロ (Spirogyra)
 アオミドロは接合をすることで知られているが,採集してからしばらく放置すると希に接合の様子が観察できる。ただし,採集したサンプルにはアオミドロを餌とする糸状の仮足をもつアメーバ Vampyrella がいることも多い。アオミドロは野外では水流がある場所で繁茂するため,これらの捕食者に食べ尽くされることはないが,シャーレなどに放置しておくと,Vampyrellaによって次々と食べられて数日のうちに全滅してしまうことがあるので,注意が必要である。

ミカヅキモ
 ミカヅキモもアオミドロについで,ごく普通に見られる藻類である。ミカヅキモは浮遊性ではなく水底の固形物に付着して暮らしているが,アオミドロのように強く固着しているわけではないので,強い水流があると簡単に浮遊してしまう。このため,川や水流のある池などでは見つかりにくい。
  ミカヅキモ 属(Closterium)にはたくさんの種がいるが,実験室で培養がしやすいものとそうでないものがある。中型のミカヅキモClosterium moniliferumは,0.02%ハイポネックスなど簡単な培地でさかんに増殖する(1日に約1回の頻度で分裂する)ので観察材料として適している。いいかえると,他のミカヅキモは,0.02%ハイポネックス程度の簡単な培養液では増殖しないものが多いということでもある。

ミカヅキモ
(Closterium moniliferum)
 C. moniliferumは,その三日月状の細胞の先端部の片側で固形物に付着するが,付着する先端部を交互に替えながら移動することができる。一方,他のミカヅキモ(例えば C. acerosum )では細胞の周囲に粘着性の物質を分泌しながらナメクジのように移動する。

ミドリムシ
 鞭毛を持って泳ぎ回り,かつ葉緑体で光合成をするため,動物のような植物のような生物として知られているのが ミドリムシ (Euglena)だが,ミドリムシはもともとは従属栄養で,その一部が藻類を細胞内に共生させることで現在のミドリムシに進化したことが最近の研究で明らかにされている。実際,ミドリムシの仲間には,今でも葉緑体を持たず従属栄養生活をしているものが多い( Astasia, Peranema, Entosiphon, Goniomonas, Anisonema, Petalomonas など)。
 ミドリムシの仲間には,バクテリアや藻類など他の生物を食作用( phagocytosis )により捕食するタイプ( Peranema, Entosiphon, Goniomonas など)と,周囲にある有機物を細胞膜を通して内部に浸透させて栄養とするタイプ( Euglena, Phacus, Astasia など)の二種類がある。光合成能を持つミドリムシも周囲に有機物があればそれらを栄養源として増殖することができる。既述したように,ミドリムシ類が下水溝のヘドロなど有機質に富んだ環境でたくさん見つかるのはそのためである。富栄養化した池や田圃でもミドリムシが爆発的に増殖することがある。以前,草加公園の池の表面が真っ赤に染まっていたことがあった。これを採集して観察したところ,それらは赤いミドリムシが大量繁殖したものであった。ミドリムシには細胞内に赤い色素を持つものがあり,これらが増殖すると肉眼では赤く見える。
ミドリムシ (E. mutabilis)
 Euglenaの中でも比較的小型の種である E. gracilis は無菌培養で簡単に増やすことができる。ただし,E. gracilisは野外では希な種で,採集直後にE. gracilisが見つかることはほとんどない。ハイポネックスなどを入れて長期間明るい場所に放置したときに,時折E. gracilisが増殖して見つかる程度である。野外では,E. gracilisよりもむしろ, E. spirogyra, E. deses, E. ehrenbergii, E. oxyuris, E. tripteris といった大型種に出会うことの方が多い。しかし,これらは実験室で培養するのが難しく研究材料になることは希である。このため,野外では希だが,研究材料としてはよく使われるE. gracilisが教科書に登場することとなる。

クラミドモナス
 単細胞の緑藻類で2本の鞭毛とその基部に2個の収縮胞を持ち,かつ葉緑体にピレノイドがあるのが クラミドモナス である。クラミドモナスは,有性生殖法の一つである同型接合をする生物の代表としてよく教科書に登場する。しかし,クラミドモナスは細胞が小さい上,これと似た緑藻類が多数いるため,野外から採集したサンプルの中にいる鞭毛を持った緑藻がクラミドモナスであるかどうかを判別するのはかなり難しい。また,クラミドモナス属には500余の種がいるため,種まで同定するとなるとまさに至難の技である。
クラミドモナス (Chlamydomonas)
 クラミドモナスと似たものに クロロモナス がいる(ピレノイドを持たない)。また, クロロコックム とその近縁の緑藻類は,通常は鞭毛を持たずに多分裂で増殖するが,鞭毛を持つ時期(遊走子)もある。その時の姿はクラミドモナスと区別がつかない。
 クラミドモナスの仲間は野外で大増殖していることもある。それを採集できれば観察は容易だが,通常は他の原生生物に混じってごくわずかな数がいるだけである。そのような場合は,0.02%ハイポネックスを加え窓辺や蛍光灯の下など,明るい場所に長期間放置しておくとよい。そうすると,必ずとはいえないが,ときおりこれらの藻類が大量に増えてくることがある。クラミドモナスはその中でも比較的見つかりやすい種類といえるだろう。また,ミドリムシなどと同様,簡単に無菌培養ができるので実験材料として利用しやすい。

ボルボックスの仲間
 個々の細胞はクラミドモナスと同じ形態をしているが,これらが複数個連結したものが ボルボックス の仲間である。ただし,私はこの数年間,色々な場所で採集を続けてきたが,ボルボックスに遭遇したことは1,2度しかない。一方,ボルボックスに近い Gonium, Pandorina, Eudorina には頻繁に遭遇している。なかでも Pandorina はもっとも遭遇する機会が多い。今年,浦和市の住宅街の路上にできたゴミが浮かび腐敗した水たまりから,大量のPandorinaを採集した。他の緑藻類は腐敗した水環境は好まないが,Pandorina類はかなり腐敗して有機質の多い環境でも平気で増えることができるようである。この点では,既述したミドリムシ類に似ている。
ゴニウム
(Gonium pectorale)
 また,PandorinaやGoniumはクラミドモナスと同様,0.02%ハイポネックスなどを使えば簡単に培養できる。(ただし,細胞密度を上げると,群体が変形してバラバラになりやすい)

クロレラ類
 クロレラというと小さな球形の緑藻類が思い浮ぶだろうが,野外ではそのような球形のものだけでなく,より大きく形も様々な種類の「クロレラ類」が数多く観察される。小型で球形のいわゆるクロレラ属(Chlorella)の細胞が観察されることはむしろ希である。一番見つかりやすいのが, イカダモクンショウモ など,群体を形成するタイプのクロレラ類である。とくにクンショウモの成熟した円盤状の群体はミカズキモや小型のゾウリムシほどもあるので見つけやすい。また,縦長の細胞が横に2,4,8個つらなったイカダモは増殖が速い。0.02%ハイポネックスを入れて光を当てておくと,一週間程度でシャーレ全体を被うくらいに増殖する。

フタヅノクンショウモ
(Pediastrum duplex)
 クロレラ類は細胞壁が非常に丈夫である。SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)は強力な界面活性剤で,通常1%程度でほとんどの細胞を溶かしてしまうが,クロレラ類の細胞はSDS中でも溶解することはない。

ツヅミモ類
 アオミドロと同じ接合藻類に属するが,細胞が糸状に連結することなくミカヅキモ同様,単細胞で生活するのがツヅミモの仲間( Cosmarium, Staurastrum, Euastrum, Micrasterias など)である。とくにCosmarium, Staurastrumは種類が多い。

 ツヅミモ類はクロレラ類にくらべるとやや大きめの種が多いが,発見される頻度はクロレラ類に比べて少ない。しかし,山間地の沼や冷涼な湿原などでは大量に増殖していることがある。とくにMicrasteriasは,平地の沼や池で見つかることは希だが,山奥の池沼などでは普通に見つかる。また,Cosmariumは,ミカヅキモのように水底に付着する場合もあるが,数が増えると細胞の周囲にゼリー状の物質を分泌してカエルの卵のような状態の細胞塊を作り水中に浮遊するものもいる。


アワセオオギ
(Micrasterias crux-melitensis)

珪藻類
 珪藻類は自然界では淡水,海水を問わず広く生息しているグループである。また,土壌中など湿り気のある環境であればどこでも繁殖することができる。種類も圧倒的に多いが,それは,その形状に魅了されて珪藻の分類に関わる研究者が多い為でもある。

 珪藻は殻成分として珪酸を含み,土壌成分の多い水環境で数多く見つかる。例えば,田圃脇の用水路などである。また,他の原生生物がほとんどいない環境でも珪藻類だけは数多く観察されることが多い。そのためか珪藻類を餌とする繊毛虫や肉質虫も数多い。


ハネケイソウ (Pinnularia viridis)
 珪藻を生きたまま観察するとプレパラート中でさかんに移動(滑走移動)する様子が観察できる。鞘状の分泌物の中で移動するものもいれば,柄を作ってその先端部に付着しているものもいる。 Bacillaria 属は,娘細胞が互いに滑走部でくっつきあい,互いにすべりあう。このため,細胞集団全体は「南京玉すだれ」状態で非常に活発に動くことができる。

ユレモ
 ユレモ(Oscillatoria)は原生生物ではないが, アオミドロ などと同様,細胞体も大きく,かなり頻繁に観察されるので,紹介しておくことにする。ユレモはラン藻類(シアノバクテリアともいう)に属するが,たくさんの細胞が糸状に連なった形をしている。糸の太さはバクテリアと同じくらい細いものからアオミドロとほぼ同じ太さのものもいる。ユレモは池や沼にもいるが,アオミドロと異なり,下水溝など有機質に富み,水底にヘドロが堆積している場所でとくによく増殖する。下水溝のような場所では他の藻類はあまり増殖しないため,そこに深緑色の繊維状の藻類がいれば,それはユレモである場合がほとんどである。
ユレモ (Oscillatoria princeps)
 ユレモだけでなく糸状の ラン藻スピルリナ など)はゆっくりとではあるが絶えず動いている。ユレモ類は珪藻と同様,滑るように前後に移動したり,糸状体が回転したりする様子が観察できる。

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