公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース
私的ハゼの百科事典  向井貴彦(東京大学 新領域創成科学研究科)
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 さて,研究機関に所属する個人がウェブサイトを作ることで,さまざまな社会的貢献ができる可能性があるわけだが,アマチュアナチュラリストのほうが優れている面もある.それは地域の自然についての情報である.

 研究者と呼ばれる立場にある人々は,様々な地域に出かける機会を持ち,多くの文献情報を有している.しかし,各地に在住のナチュラリストほど,ある特定地域の状況に通じているわけではない.特に,近年問題となっている外来生物に関しては,早期発見と早期対処が必要である.その場合,監視の目は多い方が良いし,いち早く多くの人が情報を共有することも重要だろう.したがって,ナチュラリストの運営する自然系サイト,特に多くのアクセス数があり,画像などの投稿もなされている場所は,非常に重要である.

 ところが,残念ながら,そうした情報を公のものにして,対策を求めるという点においては,一般市民には難しい部分もある.ネットの掲示板に情報が出ただけでは,公に対策を求めるのは難しい.やはり,研究機関に在籍するものが,適切な作法に従った報告を作成するなどのサポートがあったほうが良いのだが,残念ながら両者に断絶があるようで,連携がなされている様子がない.

その原因の一つは,両者の感覚の食い違いである.アマチュアナチュラリストにとっては,自分の馴染みの場所が荒らされるのは苦痛であり,不用意に具体的な地域名などを出したくないという気持ちがある.淡水魚などは,一部に悪質なマニアや業者が存在しており,希少価値のある魚種などの生息情報が得られれば,そこで乱獲し,場合によっては絶滅の原因にもなりうる.ところが,研究者は具体的な情報が必要だと考えている人が多い.具体的な情報がなければ意味がないとする研究者と,守って欲しいけれど具体的な情報を出したくないアマチュアには,埋めがたい溝があるのかもしれない.そうした齟齬については『日本淡水魚類愛護会(http://pagebank.sun-inet.or.jp/~nisimura/)』などに見ることができるので,興味のある方は是非御参照願いたい.

 ただし,アマチュアナチュラリストの中には,極論に走る人もいる.そして,魚類関係の研究者にはデリカシーに欠ける部分が散見される.やはり,考え方に多少の違いがあっても,研究者の方が圧倒的に「力」があるのだから,なるべく鷹揚に構えてほしいものである.できることならば,両者の距離を縮め,ナチュラリストの持つ地域の自然の情報と,研究者の持つ豊富な知識と論文作成能力などの,双方を合わせることこそが重要であると思うのだが・・・・.

 また,別の問題点として,ネットの情報が極めて軽視されているという現状もある.印刷物になっているものしか引用しないという考え方の人が研究教育機関にはたくさんいるが,古くて間違った情報の書籍は引用するのに,新しい情報に基づいたウェブサイトの内容を引用しないというのは,どう考えても奇妙である.印刷物は安定性があるから,という言い訳を聞くが,ウソや間違いが固定された印刷物よりも,適宜情報を修正可能なウェブサイトの方が優れた媒体ではないのか?

 先にも述べた分類学的情報のように,すぐれたウェブサイトは,変化の遅い書籍よりもよっぽど頼りになる可能性を持っている.このような最新情報への対応能力を活用し,さらに,ネット上にあふれるナチュラリストの情報を社会的に有効なものとするためにも,ウェブの情報を,公的な論文や報告書に近い形で扱う方法と意識転換が必要であろう.

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