公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース

私的ハゼの百科事典
http://homepage2.nifty.com/PhD-mukai/
個人としての研究者の情報発信
向井貴彦(東京大学 新領域創成科学研究科)

そもそものはじまりは・・・

 ウェブサイト「私的ハゼの百科事典」(図1)は,作者である向井貴彦が,博士号を取ったものの職なしの研究生(一般にオーバードクターという)だった1998年に,手持ちの魚類の画像や,研究の過程で得た雑多な情報を公開しようと思って作成したものである. Fig1
図1 ウェブサイト「私的ハゼの百科事典」トップページ

 研究者というのは,基本的に多くの情報を保有している.一つの論文が出来上がる背景には無数のデータがあり,フィールド系の研究者は,一般人が足を踏み入れることのない環境に行き,誰も見たことがないような生き物を見て,写真に撮り,標本にして所有している.それら,一般のナチュラリストにとって垂涎の情報も,人目に触れずに埃をかぶっていてはしかたがない.また,学会や研究会で目にする最新情報や論文で発表された新知見が一般書に紹介されるまでには,かなりのタイムラグがある.そうした,なかなか一般の目に届かない興味深い情報を,せめて自分が知る分だけでも公開しておこう,と思ったのがサイト開設の主な動機である.

 もちろん,公共心だけで動けるほど,自分はよくできた人間ではないので,なんとか職を得るために自分の研究内容をアピールしようという意図もあった.ハングリー精神がなければ,なかなか新しいことは始められないものである.

基本コンセプト

 さて,それはともかく,どうせ作るなら見て楽しいものを作りたい.そこで,サイト作成にあたっては,少なくとも自分自身が見て楽しいと思えるものを作ることを第一に考え,最新の情報を常に取り込むことを意識した.

 ただし,内容を魚類全体に広げると個人の手に負えなくなるため,対象をハゼ類に限定して情報を充実させるように心がけた.ハゼに限定したといっても,世界中のさまざまな水域に生息し,約2200種もいる大分類群なので,個々の種類や新情報を紹介するだけでも,新種の記載・系統分類・進化の仕組み・環境への適応・希少種の保全など,生物学一般につながるテーマはいくらでも含まれており,「ハゼ」という魚をキーワードに,そこから自然全般への興味を広げられるようにできると考えたからである.

 また,自分が持っている情報で一番充実していたのが干潟など汽水域のハゼ類の分類・生態・進化に関することなのだが,市販の魚類図鑑や既存のウェブサイトには,ろくな写真も情報も載っておらず,身近な環境に棲む魚でありながら,世間に知られていないことを感じていた.特に,ほとんどの図鑑は「淡水魚」と「海水魚」に区分されており,「汽水魚」は,どちらにも掲載されないことが常である.サケ科などはどちらの図鑑にも多数のページが割かれていることがあるのに,多くの身近なハゼ類が,名前さえ載せられていないのである.

市販の図鑑に掲載されていない理由には,汽水域の透明度が低く,生活廃水などで汚濁が進んでいるためにダイバーが写真を撮影しないということや,淡水魚の愛好家には海水魚だと思われ,海水魚の愛好家には川魚だと思われている(あるいは,汽水域に魚がいるとは思われていない)ことも挙げられるだろう.しかし,汽水域とは,河川の下流域から沿岸浅場にいたる淡水と海水の混じる水域のことであり,多くの人が住む都市部に最も身近な水環境でもある.それなのに,こうした身近な環境にすむ魚たちが情報の死角に隠されているのである.

 そこで,身近なのに知られていない魚たちの姿を知ってもらうために,図鑑をめくって楽しむような感覚で見られる構成にしようと考えた(図2).‘図鑑’の形式なら,ページを順繰りに見ていくことで知名度の低い魚たちも見てもらえると思ったからである.また,写真と学名・分布などを列挙するだけではなく,多少のコメント的な説明も付け,場合によっては読み物的なページにも行けるようにした.これは,単なる写真の羅列ではなく,それぞれの種類のもつ自然史的な背景を知ることで,興味を持ってもらいやすくなるのではないかと思ったからである. Fig2
図2 「日本産汽水・淡水(+海産)ハゼ類図譜」の一ページ.

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公的ではなく,「私的」

 なお,ここまで読んでいただけば明白だと思うが,ウェブサイト「私的ハゼの百科事典」は,公的機関が作成するデータベースとは全く無関係かつ異質なものである.すでに魚類のデータベースとしては,国内には国立科学博物館と神奈川県立生命の星・地球博物館が共同で作成したものが存在する.海外にはFishbaseのような「大手」が君臨しており,魚類全般に関する基礎情報はそうしたサイトに任せておけばいいと感じている.すでに研究機関の定職についた研究者が,公の予算を使ってアルバイトなどを雇って作成するデータベースは,その規模が巨大であり,一般市民や研究者への情報提供として重要な役割を果たすことだろう.

 しかし,公的データベースがあれば,個人の研究者が何も発信しなくてよいとは思えない.最初の動機で述べたような,個々の研究者が保有する隠れた情報を表に出すには,公的なデータベースは不向きである.少なくとも,小回りが効かないし,痒いところに手が届かない.基礎情報を網羅して列挙する公的データベースは,論文になっていない個人の研究者の情報をすくい上げたり,実際の研究の現場にいる者がもつ臨場感を伝えることはできない.そう考えると,やはり個人の研究者の情報発信は充分意味のあることだろう.

「私的ハゼの百科事典」の内容

 それでは実際のコンテンツについて解説してみたい(図3).小規模ながらサイトを公開したのが1998年11月であり,その後,徐々に内容を充実させてきた.開設当初から「日本産汽水・淡水ハゼ類図譜」という部分を中心にしてきたのだが,開設時は20種類程度のハゼ類の紹介だけから始めたように記憶している(過去のファイルが残っていないので,はっきりしたことは不明).その後,改訂と種類の追加を重ね, 106属237種(2002年11月末現在)のハゼ亜目魚類を紹介している.日本には約400種のハゼが分布するとされており,まだまだおよばないのが現実だが,おもだった種類はほぼ網羅することができた.こうしたサイトを開設するときに,多くの人は最初から完成度の高いものを作ろうと考えるようだが,実際には少しずつ増やしていったほうが作成は容易である. Fig3

図3 「私的ハゼの百科事典」の目次と各コンテンツ

見て楽しく,なおかつ学術情報を伝えることに重きを置いた「日本産汽水・淡水(+海産)ハゼ類図譜」と「系統樹データベース」,環境省のレッドリストの解説と絶滅危惧種のハゼ類を紹介する「レッドデータのハゼたち」,研究の楽しさを伝えたくて作った「採集紀行」など,さまざまなコンテンツを作成している.

 また,このサイトが作れたのは,1998年の時点で,それほど莫大な資料を持っていなかったということもある.少なくとも,最初に240種もの魚を掲載した図鑑を作ろうとすれば,かなりの労力を覚悟せねばならず,二の足を踏んだことだろう.

 「ハゼ図譜」以外のコンテンツとしては,ハゼ類の系統樹を論文から引用した「系統樹データベース」,1999年に環境省の汽水魚と淡水魚のレッドリストが改訂され,多くのハゼ類が絶滅危惧種とされたので,それらの種を紹介した「レッドデータのハゼたち」,研究のために各地に出かけたときのことを記した「採集紀行」,お菓子のおまけとして手に入れた魚の模型を系統順に示した「チョコエッグの魚たち」(改題後「おもちゃのサ・カ・ナ」)などを作成し,いろいろな情報を楽しく見られるように心がけて発展させた.また,サイト開設当初から掲示板を設置し,いろいろな意見を寄せていただけるようにしてきたし,1999年1月以降は,表紙ページに載せる魚の写真を毎月更新し,エッセイ的にさまざまなことを紹介する「今月の魚」を掲載している.

 このように継続的に維持してきたおかげで,「ハゼ」という限定的な対象を紹介するサイトであるにもかかわらず,アクセス数もぼちぼち伸びており,最初の1年間のアクセス数が約5000、2年目は約10000だったのが,4年目は1年間で約25000アクセスと少しずつ増え続けている.雑誌の紹介記事でも,社会教育(2001年7月号,財団法人全日本社会教育連合会),ビーパル(2001年9月号,小学館),できるインターネット(2001年10月号,株式会社インプレスコミュニケーションズ)などで紹介していただき,それなりに一般的な興味を引く内容になっているものと思われる.ただし,こうした雑誌の中には,事実と大きく異なる紹介をするものもあり,非常に不快な思いをしたこともあるのを追記しておきたい.どうやら,大会社ほど個人の気持ちを踏みにじるのが得意なようである.

人との交流

 サイトを公開して,それなりにアクセス数が増えるとともに,多くの人が掲示板への書き込みやメールをくださった.研究者からの問い合わせや意見はほとんどなく,基本的には自然に興味のある人たちとの交流だったが,ナチュラリストとしての自分が楽しめるものを作っているのだから,ある意味当然の結果である.

 しかし,そうした交流は,非常に有意義なものである.また,こちらがどのような情報に通じており,どういった考えを持っているのかをウェブサイトを通じて公開しているので,相互に有用な情報を持つ方と意見や情報を交換しやすい.はじめは他愛ない質問や意見の交換から始まっても,その後,お互いのサイト間で行き来して理解が深まることもある.これが,例えば一般市民の自然系サイトに,いきなり自分は研究者であるとかいって,意見や質問を寄せても,相手からすればメールを書いてきた人物のことはよくわからないのだから,警戒されたり誤解されたりして,なかなかうまく話が通じないこともあるだろう.人の信頼を得て,お互いを理解するには,やはり自分自身のことを知ってもらわなければならないのは,当然のことである.

 他の研究者との交流も同様であり,こちらが興味深い内容のサイトを運営していれば,学会・研究会などのときに話しかけてきてくださる方も多く,情報交換や共同研究の発端となる.こうした交流の広がりは,サイトの運営をすることで得られる利点である.

最新情報への更新

 また,最新の論文などをチェックするのは研究機関に所属する者でなければ難しい.大学関係者以外は,専門的な文献の揃った図書館に入ることもままならず,大学のサイトから電子ジャーナルを見ることもできない.ところが,魚類の分類や学名は,今でも頻繁に変更されており,新種の記載も日本だけで毎年何種もなされているので,市販の図鑑では常に情報が古びているのである.ところが,驚くべきことに(?)そうした情報を補完するサイトはほとんど存在しない.

 本来,こうした情報の補完こそ,博物館など公的機関のウェブサイトやデータベースが担当すべきなのだが,それがなされていないのである.しかたがないので,せめて日本産ハゼ類の分類体系・学名の変更・新種記載についてだけでも,自分のサイトで「最近のハゼ分類のニュース」としてまとめている.これは,自分自身のための覚書としても役立つし,こうでもしないと市民ナチュラリストに正確な学名が伝わるチャンスなど,ほとんどないのではないか?

 ここで,研究者でない人が学名に関心なんかあるのか? と疑問に思う人もいるかもしれない.しかし,少なくとも,自分自身がアマチュアだったころは,最新の分類体系や,新しく記載された種の情報などは,できるかぎり知りたかった.「私的ハゼ百科」の掲示板でも,新聞に載っていた新種のことや,新しい学名のことについての質問が寄せられるし,「最近のハゼ分類のニュース」を楽しみにしているという人もいたので,最新の分類について知りたいという潜在的な要望は,ちゃんと存在するのである.

 では,実際にウェブサイトで頻繁に知らせなければならないほど分類に変更があるのだろうか? 東海大学出版会より,2000年末に「日本産魚類検索 全種の同定 第二版」という図鑑が出版されている.非常に優れた本であり,日本産魚類について調べる上で必携なのだが,この本が出版されて以後2年弱の間に,ハゼ亜目だけでも合計17種の追加・変更が生じている(表1).わずか2年弱でそれだけの情報が古くなっているのである.日本産魚類の約一割を占めるハゼ類だけで,これほど変更があるのだから,全体ではもっとたくさんの変更箇所があるはずである.

表1 2001年1月から2002年11月までに新記載・学名もしくは和名の変更があり,その結果が市販の図鑑には一切反映されていないハゼ亜目魚類

<日本産として追加された種>
 和名・学名とも新たに付けられた初記録の新種(4種)
  ナカモトイロワケハゼ
  カワリミミズハゼ
  イシドンコ
  ヤノウキホシハゼ
 新たに日本産として記録されて和名がついた既知種(4種)
  イレズミミジンベニハゼ
  フジナベニハゼ
  フタホシホシハゼ
  カキイロヒメボウズハゼ
<学名が特定または変更された種>
 和名のみで図鑑に掲載されていたが,記載されて学名がついた新種(3種)
  シマウキゴリ
  ヤシャハゼ
  シラスキバハゼ
 和名のみで図鑑に掲載されていたが,学名が判明した種(2種)
  スミウキゴリ
  シンジコハゼ
 これまでの学名が変更された種(4種)
  ビリンゴ
  ジュズカケハゼ
  イトヒキハゼ
  ワラスボ

 このような変化に印刷物が追従していけるとは思えない.しかも,「日本産魚類検索」の初版は1993年であり,その時点から数えれば,ハゼ類だけで極めて多くの変更が生じている.しかし,この図鑑は一冊数万円もするので,個人が何度も買い換えるのは大変である.公共の図書館なども,初版だけ買って,改訂版は買わないところが多いだろう.こうして,一般市民が古〜〜〜い情報のみ与えられ,一部の研究者だけが知ったかぶりしていたのでは仕方がない.常に最新情報に更新できるというウェブサイトの最大の利点は,こうした情報を常に取り込み,無償で市民に提供できるところにある.

ウェブサイトの持つ力

 上記のウェブサイトの利点の他,生物多様性に関するサイトを研究者が運営することによる実利的効果はある.例えば,自然についての知識の普及という点では,研究者として学術誌に論文を書く以外にも市販の雑誌などに記事を書かせてもらえば,それも情報提供として効果的である.ウェブサイトを運営していれば,そうした雑誌記事執筆の依頼がくることもあるため,編集者との直接的コネがない場合の役に立つ.特に,こちらが収入のない時は,雑誌に記事を書かせていただけると経済的に助かるので,大学院博士課程修了後のキビシすぎる生存競争にさらされるポスドクにはオススメである.雑誌の編集者の方は,人助けだと思って,不遇な若手研究者たちにもっと原稿を依頼していただければ幸いである.

 また,生物多様性に関するウェブサイトの運営は,自然環境の保全に対して力を発揮する可能性がある.私自身は干潟のハゼを研究しているので,ウェブサイトを見た方から,ある干潟の保全運動へ助言や協力を求められたことがある.そのときは,結局負け戦だったが,場合によっては有効な働きができるかもしれない.他にも,やんばるの野生生物保護に関して,やんばるの固有種に大きな悪影響を与えているノネコ・マングースの排除事業がおこなわれているのだが,それを妨害していた「動物実験の廃止を求める会」の悪質な内部文書をネット上に公開して,かなりの効果を挙げることができた.ただし,向井の所属する「東大」のネームバリューが効いただけのような面もあり,必ずしもサイト運営のおかげ,というわけでもないのが残念である.しかし,「研究教育機関に所属する研究者」がウェブサイトを通じて情報を発信するというのは,このような社会に影響を与える「力」となりうることは確かだろう.

 ただし,ウェブサイトを,「武器」として使うのは,ポスドクのような不安定な身分の者にとっては命取りにもなりかねない.実際に社会に影響を与えるほどの効果をもたらしたときは,それによって不利益をこうむる人物・団体が卑劣な攻撃をしてくるからである.したがって,覚悟のない人,理解のない上司のもとにいる人が戦わなかったとしても,それは仕方のないことだろう.

ナチュラリストの情報

 さて,研究機関に所属する個人がウェブサイトを作ることで,さまざまな社会的貢献ができる可能性があるわけだが,アマチュアナチュラリストのほうが優れている面もある.それは地域の自然についての情報である.

 研究者と呼ばれる立場にある人々は,様々な地域に出かける機会を持ち,多くの文献情報を有している.しかし,各地に在住のナチュラリストほど,ある特定地域の状況に通じているわけではない.特に,近年問題となっている外来生物に関しては,早期発見と早期対処が必要である.その場合,監視の目は多い方が良いし,いち早く多くの人が情報を共有することも重要だろう.したがって,ナチュラリストの運営する自然系サイト,特に多くのアクセス数があり,画像などの投稿もなされている場所は,非常に重要である.

 ところが,残念ながら,そうした情報を公のものにして,対策を求めるという点においては,一般市民には難しい部分もある.ネットの掲示板に情報が出ただけでは,公に対策を求めるのは難しい.やはり,研究機関に在籍するものが,適切な作法に従った報告を作成するなどのサポートがあったほうが良いのだが,残念ながら両者に断絶があるようで,連携がなされている様子がない.

 その原因の一つは,両者の感覚の食い違いである.アマチュアナチュラリストにとっては,自分の馴染みの場所が荒らされるのは苦痛であり,不用意に具体的な地域名などを出したくないという気持ちがある.淡水魚などは,一部に悪質なマニアや業者が存在しており,希少価値のある魚種などの生息情報が得られれば,そこで乱獲し,場合によっては絶滅の原因にもなりうる.ところが,研究者は具体的な情報が必要だと考えている人が多い.具体的な情報がなければ意味がないとする研究者と,守って欲しいけれど具体的な情報を出したくないアマチュアには,埋めがたい溝があるのかもしれない.そうした齟齬については『日本淡水魚類愛護会(http://pagebank.sun-inet.or.jp/~nisimura/)』などに見ることができるので,興味のある方は是非御参照願いたい.

 ただし,アマチュアナチュラリストの中には,極論に走る人もいる.そして,魚類関係の研究者にはデリカシーに欠ける部分が散見される.やはり,考え方に多少の違いがあっても,研究者の方が圧倒的に「力」があるのだから,なるべく鷹揚に構えてほしいものである.できることならば,両者の距離を縮め,ナチュラリストの持つ地域の自然の情報と,研究者の持つ豊富な知識と論文作成能力などの,双方を合わせることこそが重要であると思うのだが・・・・.

 また,別の問題点として,ネットの情報が極めて軽視されているという現状もある.印刷物になっているものしか引用しないという考え方の人が研究教育機関にはたくさんいるが,古くて間違った情報の書籍は引用するのに,新しい情報に基づいたウェブサイトの内容を引用しないというのは,どう考えても奇妙である.印刷物は安定性があるから,という言い訳を聞くが,ウソや間違いが固定された印刷物よりも,適宜情報を修正可能なウェブサイトの方が優れた媒体ではないのか?

 先にも述べた分類学的情報のように,すぐれたウェブサイトは,変化の遅い書籍よりもよっぽど頼りになる可能性を持っている.このような最新情報への対応能力を活用し,さらに,ネット上にあふれるナチュラリストの情報を社会的に有効なものとするためにも,ウェブの情報を,公的な論文や報告書に近い形で扱う方法と意識転換が必要であろう.

最後に

 多少脱線したが,最後に論点をまとめたい.まず,常に「最新の」生物多様性に関する情報を集積し,整理して市民に提供する上で,ウェブサイトほど優れた媒体は存在しないと思われる.それを運営するには専門知識を有した研究機関の人間が適している.しかし,地域の自然の状態をモニタリングして,生物多様性の保全にも役立たせようとする場合には,市民ナチュラリストの協力も必要である.そのためには,一部の公共機関が作る大規模データベースだけでなく,個々の研究者が各専門分野の情報を提供し,ナチュラリストと親交を持つ場としてのサイトも必要だし,相互理解のためにも研究者自身が運営するサイトがもっとたくさん存在しても良いのではないかと思う.また,そうしたネット上の情報を,重要な情報源として,文献的に取り扱えるシステムが望まれる.