公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース
私的ハゼの百科事典  向井貴彦(東京大学 新領域創成科学研究科)
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 また,最新の論文などをチェックするのは研究機関に所属する者でなければ難しい.大学関係者以外は,専門的な文献の揃った図書館に入ることもままならず,大学のサイトから電子ジャーナルを見ることもできない.ところが,魚類の分類や学名は,今でも頻繁に変更されており,新種の記載も日本だけで毎年何種もなされているので,市販の図鑑では常に情報が古びているのである.ところが,驚くべきことに(?)そうした情報を補完するサイトはほとんど存在しない.

 本来,こうした情報の補完こそ,博物館など公的機関のウェブサイトやデータベースが担当すべきなのだが,それがなされていないのである.しかたがないので,せめて日本産ハゼ類の分類体系・学名の変更・新種記載についてだけでも,自分のサイトで「最近のハゼ分類のニュース」としてまとめている.これは,自分自身のための覚書としても役立つし,こうでもしないと市民ナチュラリストに正確な学名が伝わるチャンスなど,ほとんどないのではないか?

 ここで,研究者でない人が学名に関心なんかあるのか? と疑問に思う人もいるかもしれない.しかし,少なくとも,自分自身がアマチュアだったころは,最新の分類体系や,新しく記載された種の情報などは,できるかぎり知りたかった.「私的ハゼ百科」の掲示板でも,新聞に載っていた新種のことや,新しい学名のことについての質問が寄せられるし,「最近のハゼ分類のニュース」を楽しみにしているという人もいたので,最新の分類について知りたいという潜在的な要望は,ちゃんと存在するのである.

では,実際にウェブサイトで頻繁に知らせなければならないほど分類に変更があるのだろうか? 東海大学出版会より,2000年末に「日本産魚類検索 全種の同定 第二版」という図鑑が出版されている.非常に優れた本であり,日本産魚類について調べる上で必携なのだが,この本が出版されて以後2年弱の間に,ハゼ亜目だけでも合計17種の追加・変更が生じている(表1).わずか2年弱でそれだけの情報が古くなっているのである.日本産魚類の約一割を占めるハゼ類だけで,これほど変更があるのだから,全体ではもっとたくさんの変更箇所があるはずである.

表1 2001年1月から2002年11月までに新記載・学名もしくは和名の変更があり,その結果が市販の図鑑には一切反映されていないハゼ亜目魚類

<日本産として追加された種>
 和名・学名とも新たに付けられた初記録の新種(4種)
  ナカモトイロワケハゼ
  カワリミミズハゼ
  イシドンコ
  ヤノウキホシハゼ
 新たに日本産として記録されて和名がついた既知種(4種)
  イレズミミジンベニハゼ
  フジナベニハゼ
  フタホシホシハゼ
  カキイロヒメボウズハゼ
<学名が特定または変更された種>
 和名のみで図鑑に掲載されていたが,記載されて学名がついた新種(3種)
  シマウキゴリ
  ヤシャハゼ
  シラスキバハゼ
 和名のみで図鑑に掲載されていたが,学名が判明した種(2種)
  スミウキゴリ
  シンジコハゼ
 これまでの学名が変更された種(4種)
  ビリンゴ
  ジュズカケハゼ
  イトヒキハゼ
  ワラスボ

このような変化に印刷物が追従していけるとは思えない.しかも,「日本産魚類検索」の初版は1993年であり,その時点から数えれば,ハゼ類だけで極めて多くの変更が生じている.しかし,この図鑑は一冊数万円もするので,個人が何度も買い換えるのは大変である.公共の図書館なども,初版だけ買って,改訂版は買わないところが多いだろう.こうして,一般市民が古〜〜〜い情報のみ与えられ,一部の研究者だけが知ったかぶりしていたのでは仕方がない.常に最新情報に更新できるというウェブサイトの最大の利点は,こうした情報を常に取り込み,無償で市民に提供できるところにある.

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