公開講演会:生物多様性研究・教育を支える広域データベース

微 小 貝
http://www.bigai.ne.jp/
個人が作成したデータベースによる情報発信の可能性と,その継続・維持における問題点
山田まち子

◎すべては砂粒の中の微小貝から

 「微小貝」というサイトは,私の父であり鳴き砂の研究者である,同志社大学名誉教授三輪茂雄が,30年あまり前に鳴き砂を顕微鏡で観察している時に,砂粒に混じって小さな貝がらがあることに気付きました。これはいったいどういう種類の生き物なのか?と,鳴き砂の中から採集した,主に微小貝類を同定し,分類した数百あまりのdBASEで作成されたデータベースから始まりました。

 微小貝とは,大人の貝でも(これを成貝といいますが)長さ数ミリから中には1ミリにも満たない大きさしかない貝のことを,研究者のあいだで「微小貝」と呼んでいます。

 微小貝は,むかしはどこの砂浜でもよく見られたのですが,湾岸工事や護岸工事,リゾート開発による砂浜の消滅,そして海洋汚染などのために,なかなか見つけることがむずしくなってしまいました。

京都府網野町が出版した「琴引浜の微小貝図鑑」(図1)は,父が制作し貝類学会の岡本先生に見て頂いたものです。網野町の琴引浜は,日本三大鳴き砂の砂浜の1つである琴引浜があり,その鳴き砂の中から採集された微小貝を小冊子にしたものです。この図鑑でもきれいな微小貝をご覧いただくことができますが,一般の書店では取り扱っておらず,多くの人々に見て頂くことができません。どうすれば多くの人々に微小貝を見て頂くことができるだろうか…。

 90年代に入り,個人でも写真などの画像をコンピューターに取り込むことが可能になってコンピューターの性能が向上した頃でした。その1990年に画像データベースと微小貝にまつわる物語からなるオーサリングソフトを制作し,ちょうどそのころ開催されていたイベント 富士通とフジテレビ主催の『電脳遊園地』と共に開催された『電脳ソフト夢募集』に応募し,幸運にもグランプリを頂くことができたのです。


図1 琴引浜の微小貝図鑑

 これをきっかけに,私自身でも少しずつ貝の収集を続けてデータを追加し,いつの間にか,「世界の貝類データベース」へと変化していきましたが,やはり原点を忘れないようにということで,今でも「微小貝」というタイトルを大切に守ってきています。

◎「微小貝」インターネットの世界へ乗り込む

 1995年12月には,ようやく普及しはじめたインターネットのWebを利用して,パソコンの機種にとらわれることのない,オープンなデータベースの公開が実現しました。最初は民間プロバイダのベッコアメインターネットで,5MBという小さなスペースからスタートしましたが,現在では3000種以上の画像と学名などの分類学上の情報,採集地情報や,その他のコメントなどの情報を,日本語と英語のバイリンガルで広く一般の皆さまに無料で公開し,画像なども自由に利用して頂いています(図2&3)。

 なぜ英語版と日本語版と分けずに,1つのページでバイリンガルにしたかというと,3000種以上にもなると,各種ごとに1ページとして英語版・日本語版と2種類ずつ作成しなければならず,3000種ならば6000ページをデータベースだけで必要になります。既に作成した種のページでも,新しい情報を追加している関係から,毎回全てのページを更新しているため,FTPによる転送量も膨大なものになってしまいます。それにページを分けると,つい英語版の更新をサボってしまうので,日本以外の訪問者の方には見苦しくて申し訳ないのですが,あえてバイリンガル表記にさせて頂きました。ただ,できるだけ文字化けしないように,日本語表記で共通部分は画像ファイル化して表示するようにしています。


図2 「微小貝」メインメニュー

URL, http://www.bigai.ne.jp/

図3 図鑑の一部

 掲示板も文字だけの質問用掲示板や,同定などに役立つ画像対応掲示板などを複数設置し,一部の研究者やコレクターの方々だけでなく,一般の多くの方との交流ができる場を設けています(図4&5)。
図4 微小貝掲示板メニュー

URL, http://www.bigai.ne.jp/bbs_index.html
 このような生物系データベースを作成する場合にまず悩むのが,「どうやって分類するか?」ということがあげられると思います。私も手持ちの図鑑や文献をかたっぱしから調べて,それぞれの著者やその図鑑が作成された年代により,科や属が全然違う種もあり,中には和名さえ違うものもあり…で,頭の中が混乱した時期もありました。学会の方にうかがうと,「それは学会が認める図鑑や学会誌のものに従うべきだ」というお答えで,私も最初は,日本の図鑑などにできるだけ忠実に分類したものを公開していました。ところがそのうち,海外の研究者から「そのような属ははじめて見た」だとか,「種名が違うのではないか?」というご指摘を受け,慌てて調査したところ,科や属については,図鑑が作成された当時の日本の分類が細分化された属を採用しており,海外では認識されていないものが少なくなかったこと,種名については図鑑のミススペルをそのまま記載してしまったことが原因でした。そこで,これは私の個人的な選択ではありますが,日本だけでなくできるだけ広く海外の図鑑や文献を収集し,またインターネットでも検索するようにして,広く海外でも採用されている分類を選択するように心がけています。
図5 掲示板の例

◎さまざまな検索方法を工夫


図6 微小貝検索メニュー

URL, http://www.bigai.ne.jp/bbs_index.html
 また,お子さんや貝類になじみのない一般の方々にも楽しく検索して頂くために,専門的な分類による検索や,検索エンジン「NAMAZU」を利用した文字列検索のほかに,「かたちでさがす」「学名でさがす」「和名でさがす」という3つの検索方法を作りました(図6&7)。

 この中でも特に好評なのが「かたちでさがす」で,貝がらの外観から判断して検索することができます。例えば図7のように「Pear 洋梨形」で探すと,洋梨のようにぷっくりと下膨れになった貝の縮小写真が,海の貝から淡水産,陸産の貝まで,科別に一覧写真として表示されます。

 講演時には,この「かたちでさがす」が未完成であると申し上げましたが,その後苦心してサムネイルをデータベース内のインデックス順に自動編集して,JPEGファイルとイメージマップでリンクさせたHTMLを作成するツールを作りました。これで手作業で画像を編集する手間もなくなり大変助かっています。


図7 「形でさがす」の例

◎データベース作成のノウハウについて

 このような画像データベースを,たった一人でどのように制作しているか,ということを,ここで少し簡単に説明します。今後このようなサイトを個人で構築される方の参考になればと思います。

 まず,個人レベルでパソコンで画像データベースを作成するためのソフトウェアとしては,エクセルやマイクロソフトのアクセス,ファイルメーカー,ソフトヴィジョン社の DBPro などがあります。

 また資金に余裕があれば,ネット上でダイレクトにデータベースを直接検索できる,データベースサーバを,レンタルサーバとしてまるごと借りることもできますが,個人ではとても高嶺の花です。

 そこで私の場合(Windows マシン)ですが,Paradox7 というデータベース作成ソフト(このソフトは現在は販売されていません) によりテキストベースのデータを作成します。Paradox7 を使用した理由は,データベースを自由に操作できるDelphi (デルファイ)というプログラミング言語と親和性が高いためです。

 作成したデータベースのコードに対応した画像写真は,データベースに含めずに別に保存します。これは後に新しいデータベースソフトに乗り換えた場合の移植をスムーズに行うために,あえてデータベースに画像を含めていません。

こうして作成したデータベースを,自分のホームページで使いやすいように加工するために,先程紹介した,Paradox と相性のいい Delphi で,変換用のソフトウェアをプログラミングします。DelphiはObject Pascalの言語処理系でGUI環境で部品を置いていく感覚で開発していきます。データベースのデータの処理に強く,安定して高速にデータを処理することができます。

 しかし,まったくプログラミングの経験がないと,ここはちょっと辛い部分かもしれません。プログラムができなくても,データベースソフト自体がHTMLを吐き出してくれるソフトもありますので,プログラミングはちょっと…という方は,そういったソフトを利用されるといいでしょう。Windows では,DBProなどが画像付データベースをHTMLに書き出す機能に対応しているようです。その場合,微小貝の「かたちでさ がす」「学名でさがす」「和名でさがす」のような,書き出した個別のHTMLをリストとしてまとめるHTMLを別に作る必要があります。

 さて,このようにして作成したサイトデータは,現在250メガバイト以上になります。このぐらいの容量になりますと,プロバイダーさんでちょっと借りるようなディスクスペースでは,とても対応できません。

 丁度3年ほど前に,関西学院大学の情報処理研究センターの雄山先生と,日本貝類学会の創始者である,故 黒田徳米先生の収集品「黒田コレクション」をデータベース化するプロジェクトに参加させていただくことになったご縁で,関西学院大学のサーバ内に「微小貝」http://shell.kwansei.ac.jp/~shell/ を置かせて頂くことになりました。これで膨大なデータの避難場所ができたわけです。サーバの容量に悩まされることなく,安心し てデータを追加できる環境になりました。

しかし関西学院さんのサーバでは,CGI などを使うことができないので,翌年に民間のレンタルサーバを1台別に借りてURLも取得し,微小貝のミラーサーバ WWW.BIGAI.NE.JP として運営しています。

◎データベースの継続・維持における問題点

 さて,私が1995年12月8日に「微小貝」というサイトを公開してから,今年でまもなく8年目になります。このようなオンラインデータベースが増えると,書籍の図鑑や文献 が売れなくなるのではないか?というご意見を何度か頂いたことがあります。

 これは私の個人的な見解ですが,インターネットで例えば貝の名前を調べて,そこで得た情報で満足する人々は,もともと高価な貝の図鑑を買うような人々ではないのではないか?と考えますが,皆さんはいかがでしょうか。

 私のサイトでは,図8のように貝類図鑑アンケートを募集しています。そこでナンバーワンになったのが,奥谷先生の「日本近海産貝類図鑑」,もちろん私もこれを購入させて頂きましたし,微小貝の詳細な写真が一番沢山のっていてとても重宝しています。しかし,重さは2キログラム以上もあり,また38,000円という高額であることからも,とても一般に普及するような図鑑とは思えません。

 一方,小学校で総合教育がはじまったことにより,小学生が貝の名前を調べに来る(特に夏が多いですが)機会も増えました。そういった場合に,子供たちが簡単に検索できたり質問ができる場所として,微小貝ホームページを利用して頂けることは,同じ小学生の娘を持つ私にとりましても大変うれしいことであります。


図8 貝類図鑑アンケート

URL, http://www.bigai.ne.jp/vote/votec.cgi

 サイトでさまざまな貝の情報を得てさらに研究を深めたいという方のために,英語と併記で図鑑や文献のリストのページを設けています。貝本のアンケートやリストを参考にして,実際に本を購入されているというメールも頂いております。ということはむしろ今までよりも多くの方々に,貝類という分野に気軽に接して頂いて,感心を持って頂くよい機会を提供しているのだと考えております。

 サイトを8年も運営していて一番の苦労は,なんといってもサーバなどの維持費があげられます。ホームページで画像付データベースを構築すると,どうしても趣味の範囲を超えた容量になり,それに比例して維持費用もかさんでくるものです。

 近年の不況により夫の収入減を余儀なくされ,私自身も生活費を得る手段を迫られて,一時はサイトを閉鎖しようと大変悩んだ時期もありました。しかし,知人の一人の貝のディーラーから,貝を委託販売でサイト内で販売するコーナーを設けることができるようになりました 現在,順調とはいえないまでもなんとかパートに出ずにサイトを維持しつつ,収入を得ることが出きています。

ショップと前後してフリーマーケットコーナーも設置しました。ここはコレクターや業者さんが,不要になった貝をフリーマーケット形式で自由に売買して頂くもので,ここに関しても,一切無料でご利用頂いております。

 ショップとオークションを設けたことにより,多くのコレクターや見物?の研究者の方もサイトを訪れるようになり,サイト自体が活性化しました。またこのことにより,それぞれの分野の知識のある方によって,掲示板の質問のレスを頂けるようになったことがこれも大きなメリットになっています。

 しかし私のサイトに限らず,データベースという貴重なデータを保存するためには,運営者が数々の努力をしなければなりません。その中でも,私のように個人で運営されている方の場合の月々のサーバあるいはプロバイダ,電話代などの利用料金の負担は,データの量に比例して重くなります。

 また,大学サイトの場合でも,担当の方が退職されれば,そのサイトは原則として閉鎖しなくてはなりません。同様の体験を現在は私の微小貝サーバ内にある,父の鳴き砂のホームページでもしました。大学のサーバから出た後,プロバイダーを転々と変えたので,そのためにリンクが切れてしまったところが沢山あります。リンクはそのサイトを支える大事な血管のようなものです。プロバイダーを転々とするたびに,大事な学術的データへの道が切れてしまうのは大変残念だと思います。

 良質なデータであれば,無料または安い利用料で借りられるサーバを提供して頂けるような制度が出来ることを是非期待したいと思います。